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四千の船影

遂に現れる四千隻の大艦隊。


対するは、九州武士たちの“意地”です。

 壱岐奪還からしばらく後。


 博多湾に、不穏な報が届いた。


 平戸島へ退いていた元軍――東路軍に、新たな大軍が合流したという。


 本陣。


 張り詰めた空気の中、使者が膝をついていた。


「江南軍、現れました」


 その言葉に、場が静まり返る。


「数は」


 少弐景資が静かに問う。


「軍船、三千五百隻以上」


 誰かが息を呑んだ。


「東路軍と合わせれば……四千を超えるかと」


 ざわめきが広がる。


 四千隻。


 想像を超える数だった。


 後に“世界最大級の遠征艦隊”とも語られる元軍。


 その大艦隊が、いま日本へ迫っていた。


 東路軍。


 そして、南宋を滅ぼしたばかりの江南軍。


 歴戦の兵。


 巨大な軍船。


 膨大な兵糧。


 海そのものが敵になったかのようだった。


 景資は黙って地図を見ていた。


 平戸。


 鷹島。


 博多湾。


 敵がどこを目指すか。


 すでに見えている。


「……鷹島か」


 低い声だった。


「江南軍は鷹島へ集結し、そこを拠点に博多湾へ攻め込む算段だな」


 家臣たちの顔が強張る。


 四千隻の大艦隊。


 もし博多湾へ押し寄せれば、九州は火の海になる。


 だが。


 その時。


 別の使者が駆け込んできた。


「鎌倉より急使!!」


 汗だくの使者が叫ぶ。


「幕府が六万の援軍を九州へ差し向けたとのこと!!」


 一瞬。


 本陣の空気が変わった。


「おおっ!!」


「六万だと!?」


「さすが鎌倉殿だ!!」


 武士たちの目が輝く。


 援軍。


 しかも六万。


 恩賞狙いの武士たちにとって、それは巨大な希望だった。


「蒙古を討てば領地ぞ!」


「今度こそ名を上げる時だ!」


 士気が一気に上がる。


 その頃。


 鷹島近海。


 水平線の彼方まで、船が埋め尽くしていた。


 ステフは思わず息を失う。


「……嘘でしょ」


 海が見えない。


 船。


 船。


 船。


 巨大な帆。


 黒い艦影。


 無数の旗。


 海を覆う圧倒的物量。


 現代ですら恐怖を覚える規模だった。


「これが……元軍……」


 双眼鏡を握る手に力が入る。


 港では、九州の武士たちが集結していた。


 龍造寺氏。


 竹崎季長。


 そして――松浦党。


 松浦党。


 肥前松浦を本拠とする海の武士団。


 彼らは単なる御家人ではない。


 海賊。


 水軍。


 潮を読み、海を支配する戦士たちだった。


 しかも。


 彼らは文永の役で最前線に立たされている。


 壱岐。


 対馬。


 肥前沿岸。


 多くの一族郎党を失った。


 だからこそ。


 彼らの目には、燃えるような復讐心が宿っていた。


「先陣は我ら松浦党がもらう」


 鋭い目の男が言う。


「海は我らの庭だ」


 すると龍造寺勢が鼻で笑った。


「ふざけるな」


「蒙古の首は我らが討つ」


 さらに竹崎季長が割って入る。


「誰が先かなど決まっておろう」


「この竹崎季長こそ、一番槍よ!」


 険悪だった。


 出陣前だというのに、殺気立っている。


「邪魔をするなよ」


「そっちこそ足を引っ張るな」


「恩賞は早い者勝ちだ!」


 誰も譲らない。


 意地。


 名誉。


 武功。


 武士たちの欲望が剥き出しだった。


「……はぁ」


 ステフが額を押さえる。


「なんで戦う前から揉めてんのよ……」


 すると経資が苦笑した。


「武士とはそういうものだ」


「最悪……」


 その時だった。


 ステフは近くにあった桶を掴む。


 そして。


 バシャァッ!!


 松浦党。


 龍造寺勢。


 竹崎季長。


 まとめて水をぶっかけた。


「なっ!?」


「異人!?」


「何をする!!」


 怒号が飛ぶ。


 だがステフは睨み返した。


「うるさい!!」


 その場が静まる。


「壱岐で死んだ十九歳の子がいた」


 低い声だった。


「怖くて、震えて、それでも最後まで戦った」


 資時の顔が脳裏に浮かぶ。


 白い顔。


 無理して笑う顔。


 最後に見せた笑顔。


「そいつは、自分が死ぬって分かってても、“国を守れ”って言った」


 武士たちが黙る。


「なのに、あんたたちは何?」


「手柄? 先陣?」


「馬鹿じゃないの!?」


 怒声が響く。


「ここで負けたら、九州が焼かれる!」


「博多も! 壱岐も! 対馬も!」


「みんな死ぬのよ!!」


 ステフは叫ぶ。


「資時が命懸けで守ろうとした国を、あんたたちは自分の意地で壊す気!?」


 沈黙。


 重い空気。


 やがて。


 竹崎季長が鼻を鳴らした。


「……ふん」


 龍造寺勢も視線を逸らす。


 そして松浦党の男が低く笑った。


「少弐の子せがれだけ、英雄にさせるかよ」


 その言葉に。


 龍造寺が笑う。


「違いない」


 竹崎も太刀を肩へ担いだ。


「ならば全員で武功を立てればよい」


 空気が変わった。


 敵意ではなく。


 闘志へ。


 それを見ていた経資が、小さく笑う。


「そなたも……だんだん武士になってきたな」


 するとステフは即座に叫んだ。


「冗談じゃない!!」


 周囲が目を丸くする。


「あんたたち意地っ張りだし!」


「面倒くさいし!」


「扱いづらいし!」


「一緒にされたくないわ!!」


 一瞬の沈黙。


 そして――


 どっと笑いが起きた。


「ははははは!!」


「違いねぇ!!」


「異人のくせに分かっておる!」


 張り詰めていた空気が、少しだけ和らぐ。


 夕暮れ。


 鷹島の海。


 そこには。


 四千隻を超える大艦隊。


 世界を呑み込むような巨大な軍勢。


 それに対するのは、九州の在地武士たち。


 数では圧倒的に不利。


 だが。


 誰一人、逃げようとはしなかった。


 ステフは海を見つめる。


 そして。


 腰の拳銃へ触れた。


「……資時」


 小さく呟く。


「見てなさいよ」


 翌日。


 四千隻を超える元軍大艦隊に対し。


 九州武士たちの、意地を懸けた戦いが始まる。

ここから弘安の役後半戦。

鷹島編へ突入します。


景資、松浦党、竹崎季長など、史実でも有名な武士たちが本格的に活躍していきます。

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