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武士の幕引き

壱岐奪還、決着。


そして――老将の最期。

「総攻撃じゃぁぁぁ!!」

 少弐資能の怒号が壱岐の海に響き渡る。

 その瞬間、日本軍が一斉に動いた。

 正面。

 浜辺。

 島津長久、龍造寺家清らの軍勢が鬨の声を上げながら押し寄せる。

「押せぇぇぇ!!」

「蒙古を浜へ叩き落とせ!!」

 弓。

 槍。

 太刀。

 怒号。

 浜辺は瞬く間に修羅場となった。

 元軍は迎撃する。

 だが。

 その時には、もう遅かった。


 壱岐の裏側。

 切り立った岩場。

 そこから、少弐一党が次々と島へ上陸していた。

 資時たちが島民を逃がした隠し通路。

 元軍が完全には把握していなかった脱出口。

 そこから、日本軍が一気に島の奥地へ現れたのだ。

「なっ――!?」

「敵だと!?」

 元軍が混乱する。

 砦の背後。

 安全だと思っていた場所。

 そこへ敵が現れた。

「挟まれたぞ!!」

 悲鳴。

 怒号。

 統率が崩れていく。


「進めぇぇ!!」

 経資が叫ぶ。

 少弐勢が突撃する。

 ステフも後に続いた。

 脇差を握る。

 資時の形見。

(……見てろ)

 砦へ駆け上がる。

 血の匂い。

 焼けた木の匂い。

 壱岐で資時が最後まで戦った場所。


 砦の中央。

 そこに、豪奢な鎧を纏った元軍の武将がいた。

 周囲の兵が守っている。

 指揮官。

 大将格。

 資能の目が鋭く光る。

「あれか」

 老将は太刀を抜いた。

 そして――

 自ら前へ踏み出す。

「父上!?」

 経資が思わず叫ぶ。

 だが資能は止まらない。

 岩場を越え。

 血に濡れた地を踏みしめ。

 八十四歳とは思えぬ勢いで敵陣へ斬り込んでいく。

「どけぇぇぇ!!」

 老将の太刀が閃く。

 元軍兵士が吹き飛ぶ。

 その鬼気迫る気迫に、敵兵たちが怯んだ。


 その時だった。

 ヒュッ――!!

 無数の矢。

「――っ!」

 資能の体に突き刺さる。

 肩。

 脇腹。

 胸。

 複数の矢が老将を貫いた。

 資能は、その場で膝をつく。

「父上!!」

 経資が叫ぶ。

「爺さん!!」

 ステフも思わず声を上げた。


 元軍の大将らしき男が、資能を見下ろした。

 冷たい笑み。

「老いぼれめ」

 吐き捨てる。

 そして部下へ命じる。

「殺せ」

 それだけ言うと、背を向けた。

 撤退する気だった。

 壱岐から脱出するため。


 だが。

 次の瞬間。

 背後から悲鳴が上がる。

「ぎゃあぁぁっ!!」

「な、何っ――!?」

 元軍の大将が振り返ろうとした、その瞬間。

「大将なら一騎打ちから逃げるな、馬鹿者が!!」

 怒声。

 そして――

 斬撃。

 資能だった。

 矢を浴びながら。

 血を流しながら。

 立ち上がっていた。

 老将の一太刀が、元軍の大将の背を深々と斬り裂く。

「ぐぁぁっ!!」

 鮮血。

 元軍の大将が崩れ落ちる。

 討ち取った。


「おおおおおっ!!」

 日本軍が雄叫びを上げる。

 元軍は完全に崩れた。

 浜からは島津勢。

 背後からは少弐勢。

 さらに龍造寺勢も押し込む。

 挟撃。

 総崩れ。

 元軍は壱岐を捨て、船へ逃げ始めた。

「追えぇぇぇ!!」

 怒号が響く。

 元軍は壱岐から撤退。

 平戸島方面へ敗走していく。


 壱岐奪還。

 成った。


 だが。

「父上!!」

 経資が駆け寄る。

 資能は地面へ倒れていた。

 矢傷が深い。

 血が止まらない。

 ステフも膝をつく。

「爺さん……!」

 資能は薄く目を開けた。

 そして。

 ステフを見る。

 穏やかな目だった。

「……異人」

「喋るな!」

「資時のために……怒ってくれたな」

 ステフの目が揺れる。

「……」

「礼を言う」

 かすれた声。

「異国の者でありながら……よくここまで共に戦ってくれた」

 ステフは唇を噛む。

 涙が滲む。

「資時も……喜んでおろう」

 その言葉に。

 堪えきれなくなる。


 資能は家臣たちに支えられ、船へ運ばれる。

 壱岐の海。

 夕暮れ。

 赤く染まる波。

 その船の縁へ――

 一匹のセミが止まった。

 ミーン、ミーンと鳴いている。

 資能は、それを見る。

 そして。

 小さく笑った。

「……潔くない人生だったわ」

 静かな声。

 だが、その顔はどこか晴れやかだった。

 目を閉じる。

 風が吹く。

 セミの声が、夏の空へ消えていった。


 少弐資能は、壱岐奪還から二週間後――

 弘安四年七月十三日。

 八十四歳にて、その生涯を閉じた。

 最期まで床に伏せたままではなく、自ら太刀を振るい、敵将を討ち取り、壱岐を奪還してみせた老将。

 その死に様は、まさしく武士の幕引きであった。


 壱岐奪還後。

 島を捜索していた経資たちの元へ、数人の島民が現れた。

「少弐様……」

 痩せ細った老人。

「お見せしたいものが……ございます」

 経資とステフは顔を見合わせる。

 案内されるまま、島の奥へ進む。

 木々の間。

 静かな場所。

 そこに。

 小さな墓があった。


 ステフの足が止まる。

「……っ」

 墓標。

 粗末な石。

 だが。

 丁寧に手入れされていた。

 花まで供えられている。

 島民が静かに言った。

「資時様です」

 経資の肩が揺れる。

「わしら……密かに亡骸を運び……弔わせていただきました」

「最後まで……島を守ってくださったお方でしたから……」


 その瞬間。

 ステフの中で、何かが切れた。

「……っ」

 涙が溢れる。

 止まらない。

 膝から崩れ落ちる。

「うっ……あぁ……!」

 大泣きだった。

 声を殺せない。

 壱岐で出会った。

 優しくて。

 不器用で。

 怖がりで。

 それでも最後まで戦った十九歳。

 もう、いない。


「……資時……!」

 墓に縋る。

 涙が落ちる。

 止まらない。


 経資は、その姿を見る。

 そして。

 そっと体の向きを変えた。

 ステフに、自分の顔を見られないように。

 その目からもまた、涙が溢れていた。

「潔くない人生だったわ」


この一文のために書いた回でした。


資能は最後まで、孫を想う祖父であり、国を守る武士だったと思います。

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