第8話 ご自分の帳面をご覧ください
期日まで、あと十四日。先方がお持ちになった帳面、七年ぶんで三冊。
テオドル様は、両手に簿冊を抱えていらっしゃいました。
三冊ございました。表紙の革が擦り切れていて、背の札は判読しにくうございます。うちの帳場の卓に置かれると、埃が薄く立ちました。
「うちの帳面だ」
「はい」
「七年ぶんある。母には黙って持ってきた」
わたくしは白湯をお出ししてから、椅子をすすめました。テオドル様は今日はすぐにお座りになりました。
「見てほしいわけじゃない。見せに来たわけでもない。……ただ、僕が読んでも分からなかった」
「どのあたりが」
「全部だ」
テオドル様は、一冊目を開かれました。
ご領地からの年貢の額。屋敷の入り用。使用人の給金。年ごとに同じ項目が並んでおります。書き方は丁寧で、字も整っておりました。ボルグ様がお書きになったものだと思います。
「叙勲の年を見てくれ。四年前だ」
わたくしは頁を繰りました。四年前の秋でございます。
「献納金、二百枚。……支出のところに、書いてあるだろう」
「はい。書いてございます」
「じゃあ、家から出ているじゃないか」
わたくしはもう一度、その頁を見ました。それから、前後の頁を見ました。
「テオドル様」
「ああ」
「この帳面には、入ってきたお金の欄と、出ていったお金の欄がございます」
「そうだな」
「四年前の秋、出ていった欄には二百枚と書いてございます。ですが、その月の入ってきた欄は、四十二枚でございます」
テオドル様は、頁に顔を近づけられました。
「……四十二」
「はい」
「じゃあ、残りの百五十八枚は」
「どこから出たと、この帳面には書いてございません」
部屋の中で、外の荷役の声が聞こえておりました。テオドル様は頁を前へ戻し、また後ろへ戻して、何度か往復なさいました。
「ほかの月もそうだ」
「はい」
「出ていく額のほうが、いつも多い」
「七年のうち、七十か月がそうでございます。わたくしのほうで数えてまいりました」
「七十」
「八十四か月のうち、七十でございます」
テオドル様は、指を折ろうとして、おやめになりました。
「残りの十四か月は」
「年貢の入る月と、その次の月でございます。年に二度、その二月だけは、入るほうが多うございます」
うちの帳場では、こういう形の帳面をときどき見ます。年に二度だけ大きく入って、あとは出ていく。入った月に一年分を配れば足りるはずが、たいてい足りません。人は、入った月に多く使うからでございます。
「入った月に、使ってしまわれます」
「……ああ」
「それが悪いと申し上げているのではございません。うちの帳場に来られる方の、半分はそうでございます」
わたくしは自分の控えを開いて、並べてお見せいたしました。
「こちらは、うちの立替の控えでございます。日付を合わせてみてくださいませ」
テオドル様は、二つの帳面を見比べられました。
ヴァイセル家の帳面で、出るほうが多い月。その月に、うちの控えが一件ございます。日付は同じ。金額も、足りない分とほぼ同じでございます。
「……七年、これで回っていたことになっているのか」
「回っていたのは事実でございます。回していた金の出どころが、書かれていないだけでございます」
「なぜ、うちの帳面に君の名前が一度も出てこない」
「立替でございますので」
わたくしは申し上げました。
「立て替えたお金は、お家の帳面には載りません。お家からは出ていっておりませんので。載るのは、お返しいただいたときでございます」
テオドル様は、簿冊を閉じられました。閉じて、その上に手を置いておいででした。
「一度も、載っていない」
「はい」
わたくしは、いちばん古い控えを一枚だけ抜いて、卓に置きました。
七年前の九月十八日。先代様のご葬儀の折、香典返しの品代として立替。金貨四十枚。
「この一件だけ、期日の欄が空いております」
「……ああ」
「二件目からは、必ず書いております。書いて、そのたびに線を引いて消しております」
テオドル様は、その一枚をご覧になりました。ご覧になって、目を上げられました。
「あの日のことは、覚えている」
「はい」
「君は、白い花を持ってきた」
「はい」
「僕は、その日、君に何も言っていない」
わたくしは頷きました。
あの日、テオドル様は喪服のまま門のところに立っておいででした。人が次から次へと来て、そのたびに頭を下げておいでです。わたくしが花をお渡ししたときも、受け取って、それを持ったまま、また次の方へ向き直られました。
香典返しの品代が足りないと、ボルグ様がお困りでした。わたくしはその場で立て替えて、誰にも申しませんでした。
期日を書かなかったのは、書ける状況ではなかったからでございます。喪の家に、いつまでにお返しくださいと書いた紙を渡す気には、なれませんでした。
「テオドル様」
「ああ」
「先日、朱の丸の理由を後ほど申し上げると申しました」
テオドル様が顔を上げられました。
「期日を書ける日ではございませんでした。それだけでございます」
この一件は、ご請求の三十七件には入っておりません。入れなかったのはわたくしでございます。七年、一度も入れ直しませんでした。
その日、テオドル様は簿冊を三冊とも置いて帰ろうとなさいました。わたくしはお持ち帰りいただきました。
あの帳面は、あの家のものでございます。
翌朝、ボルグ様がお見えになりました。書付を一通、お持ちでございました。
朱の丸がひとつ。七年前の九月十八日、先代様のご葬儀の日に立て替えた、香典返しの四十枚でございます。期日の欄が空いているのは、三十八件のうち、この一件だけでございます。
書かなかったのではなく、書ける日ではございませんでした。喪の家に、いつまでにお返しくださいとしたためた紙を渡す気には、なれなかった。それだけのことでございます。それだけのことが、七年、欄を空けたままにいたしました。
次回、ヴァイセル家の家令が、一通の書付を持って参ります。婚約者どうしの貸し借りは請求できない——記録そのものを消しにくる回でございます。第九話「慣習では、と家令は申しました」。




