第7話 わたくしは帳場におります
期日まで、あと十六日。こちらから動くことは、何もございません。
この二日、わたくしは何もしておりません。
正しくは、いつもの仕事をしております。両替の台に座り、荷の勘定を合わせ、組合へ出す書付を書く。それがうちの一日でございます。ヴァイセル家のことで出向いたのは一度きりで、あとは向こうからの文を待つばかりでした。
貸した金というのは、そういうものでございます。取り立てに歩き回っても、無い袖は振れません。歩き回るぶん、こちらの商いが止まります。
午前は両替でございました。銀貨を金貨に替えにいらした方が三組、金貨を細かくなさりたい方が五組。細かくなさるほうが手間でございますが、そちらのほうが手数料をいただけます。
うちの手数料は、両替一件で銀貨二枚でございます。八件で十六枚。銀貨十六枚は、金貨にいたしますと一枚に届きません。
千二百四十枚というのは、こういう仕事を何年続ければ貯まる額かということを、わたくしは一度も考えたことがございませんでした。考えないようにしていたわけではございません。立替は立替、商いは商いで、別の帳面に書いておりましたので、並べる機会がなかったのでございます。
帳面が別なのは、出どころが別だからでございます。立替に使ったのは、父が遺したわたくしの分と、帳場付きの給金でございます。商会の勘定からは一枚も出しておりません。婚約者の家のご入り用を店の金で立て替えれば、それは姉様の分と使用人の給金を削るということでございますから、そこだけは初めから分けておりました。
ですから、返っても返らなくても、困るのはわたくし一人でございます。七年、そう思って続けてまいりました。
今朝、はじめて並べてみました。並べてしまうと、しばらく手が止まりました。
止まっているあいだに、両替のお客が二組お帰りになりました。手が止まる商いは、そのぶん減ります。減った分は、控えのどこにも書く欄がございません。それでも、書いておかねばならないと思いました。
昼過ぎに、姉が参りました。
エルサ姉様は、三年前に川向こうの薬種問屋へ嫁いでおります。ふだんは月に一度ほど顔を出すのですが、今日はお店の前で馬車を降りるなり、大きな足音で入っていらっしゃいました。
「ミレーユ」
「姉様。お久しゅうございます」
「聞きましたよ、あなた」
姉様は帳場の前に立って、腰に手を当てておいででした。
「なんで、七年も黙っていたの」
「黙っていたわけではございません。控えは取っておりました」
「そういうことを言ってるんじゃないの」
姉様は、わたくしのぶんまで怒ってくださる方でございます。子どものころからそうでございました。わたくしが転んだときも、わたくしより先に泣いておいででした。
「あの家、七年でしょう。七年って、わたしがお嫁に行ってから今までより長いのよ」
「はい」
「その七年、あなた、一度でも、あちらのお家からいただいたものがあるの」
わたくしは考えました。
「お茶をいただいたことはございます」
「お茶」
「奥様は、お茶を淹れるのがお上手でございます」
姉様は、天井を仰ぎました。それから、帳場の椅子に座り込んで、しばらく黙っておいででした。
「泣いてもいいのよ」
「はい」
「泣かないのね」
「泣くところが、思い当たりませんので」
姉様は、わたくしの手の甲を二度叩いて帰っていかれました。帰り際に置いていかれた薬種問屋の袋には、喉の薬が入っておりました。何かを言い返す人だと思われているのかもしれません。
夕方、荷が着きました。
うちの荷は川を上ってまいります。桟橋に着けて、そこから車で店まで運ぶ手順でございます。使っているのは町の桟橋ではなく、ヴァイセル家の河港のものでした。
「今月の桟橋の使用料でございますが」
ヨナスが書付を持ってまいりました。
「据え置きでございました」
「そうですか」
「上げてくるかと思っておりましたが」
うちは、ヴァイセル家の桟橋を年ごとの取り決めで使わせていただいております。取り決めは先々代からのもので、使用料はほかの荷主より低うございました。婚約とは関わりのない、商いの上の古い縁でございます。
ですが、傍から見れば、関わりがあるように見えます。
「あちらから見れば、うちは安く使わせている相手でございますな」
「はい」
「その相手から、千二百四十枚を請求されている」
ヨナスは書付を綴じて、算盤を出しました。
「桟橋を締められましたら、うちの荷は町の桟橋へ回ります。荷役が増えて、月に十八枚ほど余計にかかります」
「年で、二百枚を超えますね」
「はい」
わたくしは頷きました。頷いてから、しばらく数字を見ておりました。
わたくしが千二百四十枚をお取り立てすることと、うちの荷が年に二百枚を余計に払うことは、別の帳面の話でございます。別の帳面ではございますが、同じ川の上にございます。
「お嬢様」
「はい」
「わたしが見誤りました」
ヨナスは算盤を袋に戻しながら、そう申しました。
「あの方は、悪い人ではございませんでした。ただ、数えない方でした。悪い人でないことと、数えないことを、わたしは同じ引き出しに入れておりました」
「わたくしもでございます」
「いいえ」
ヨナスは首を振りました。
「お嬢様は信じておいででした。信じるのは、見誤りとは申しません」
その晩、ヴァイセル家から文が参りました。
期日の延長については、当家として利息をお納めする所存はございません、と書かれておりました。
文の終わりに、こう添えられておりました。
当家が利息を払ったという書付が残ることは、当家の名にかかわりますゆえ。
番頭のヨナスは、四十年帳場に座っている人でございます。この回でこの人が申した「悪い人でないことと、数えないことを、わたしは同じ引き出しに入れておりました」——作者としては、この作品でいちばん長く考えた一文でした。
そして「信じるのは、見誤りとは申しません」。ミレーユの七年は、ここで一度だけ、肯定されます。
あちらの家も、ようやく自分の帳面を洗いはじめます。誰にも説明されないまま、七年ぶんの支出が誰の金で回っていたのかに、自分で行き当たる回でございます。第八話「ご自分の帳面をご覧ください」。




