第3話 利息はいただきません
期日まで、あと二十六日。先方の手元にあるのは、金貨百八十枚。
テオドル様が帳場にいらしたのは、二日後の昼過ぎでございました。
昼過ぎというのは、商いの家にとってはいちばん人の出入りの多い刻でございます。両替の台には順番待ちの方が三人おられましたし、荷の勘定場では組合の使いの方が待っておいででした。
わたくしは奥の間へお通しいたしました。
「勘定をした」
テオドル様は、お座りになる前にそう仰いました。
「家にあるものを、全部数えた。母には言っていない」
「はい」
「手文庫に百二十枚。父の代からの積み立てに六十枚。合わせて百八十枚だ」
百八十枚。
わたくしは頷いて、控えを開きました。
「不足は千六十枚でございます」
「……ああ」
「期日は動きません」
テオドル様は、卓の木目をご覧になっておいででした。それから、ずいぶん長く息を吐かれました。
「領地からの実入りは、年にどれくらいでございますか」
「……年貢が入って、諸掛かりを引いて、手元に残るのは三百枚ほどだ」
「三百枚」
「良い年でだ。悪い年は二百を切る」
わたくしは指を折りませんでした。折らなくても分かる数でございます。
千六十枚を、年に三百枚ずつ。三年半でございます。ただしそれは、三年半のあいだ、ご領地の実入りに一切手をつけずにいられた場合の話でございます。人が住んでおります土地で、そんなことはできません。
「ミレーユ」
「はい」
「利息を取らないと言ってくれたのは、ありがたいと思っている」
「はい」
「だが、その……逆に言えば、だ」
テオドル様は、そこで言葉をお探しになりました。お探しになっているあいだ、わたくしは黙っておりました。
「利息がないということは、まけてもらう余地も、ないということか」
「はい」
利息というのは、待った日数に対して積まれるものでございます。ですから、話し合いのときにはいちばん先に削られます。利息を半分にいたしますから、そのかわり期日を守ってくださいませ。利息をすべてお引きいたしますから、そのかわり残りを今月中に。そうやって、貸した側と借りた側は、少しずつ譲り合います。
うちの帳場でも、月に何度もそういう話をいたします。
「利息をいただいていないと、そのお話ができません」
「……」
「わたくしの側に、譲れるものがございませんので」
テオドル様の顔から、血の気が引いていくのが分かりました。この方はたぶん、この二日、利息の交渉をどう切り出すかをお考えになっていたのだと思います。三十七件の内訳を数えるより先に、そちらをお考えになったのだと思います。
そして、削るつもりだった部分が、はじめから無かったのでございます。
残っているのは、元本でございます。元本は削れません。削ってしまえば、立て替えた金額そのものが違っていたことになります。
「君は」
「はい」
「はじめから、そのつもりで言ったのか」
わたくしは考えました。正直に申し上げることにいたしました。
「そのつもりで言ったのではございません」
「では」
「利息をいただく理由が、思いつかなかったのでございます」
これは本当でございます。うちの帳場では、他人様に貸すときは必ず利息をいただきます。それが商いでございますから。けれどテオドル様の三十七件について、わたくしは一度も利息を書き入れませんでした。書き入れる気にならなかったのでございます。
婚約者の家の入り用を立て替えて、それに利息をつけるというのが、どうしてもできませんでした。
できなかったことが、今になって、この方の逃げ道をふさいでおります。
「……そうか」
テオドル様は、それだけ仰いました。
「分割でお納めになりますか」
わたくしは申し上げました。
「月々でお納めいただいても構いません。ただ、期日は来月十日でございます。それまでにお納めいただけなかった分は、期日の翌日に、まとめて期限が来たものとして扱います」
「それは、つまり」
「分けてお納めいただいても、期日そのものは分けられないということでございます」
テオドル様は立ち上がられました。
「明日、母に話す」
「はい」
「母は、たぶん怒る」
「はい」
わたくしは戸口までお送りいたしました。表に出ると、川から荷を上げる音が聞こえておりました。うちの荷はいつも同じ刻に着きます。決まった刻に着くようにしてあるからでございます。
帳場に戻ると、ヨナスが両替の台を片づけておりました。
「お嬢様」
「はい」
「百八十でございましたか」
わたくしは頷きました。ヨナスには何も申し上げておりませんでしたが、この人は聞かなくても分かります。四十年、帳場に座っている人でございます。
「三年半では、あの家は保ちません」
「はい」
「どなたかが、肩代わりなさるでしょう」
ヨナスは算盤を袋にしまいながら、そう申しました。
「肩代わりというのは、貸しを買うことでございます。買った方は、利息をお取りになります」
わたくしは、そのとき初めて、少し息を詰めました。
わたくしが取らないと決めた利息を、どなたか別の方がお取りになる。それは、わたくしがどう決めようと、止められることではございません。
その晩、ヴァイセル家のお屋敷から使いが参りました。
明日の午前、奥様がこちらへお越しになるとのことでございました。
利息をいただかないというのは、値切っていただく余地を、はじめから差し上げないということでございます。三分お引きしますから期日はお待ちください——その取引が、この帳面には存在いたしません。優しさが逃げ場のなさへ裏返る音を、いちばん静かに鳴らしたかった回でした。
手元は金貨百八十枚。良い年で三百枚。数の上では三年半でございますが、期日は来月十日でございます。
次の話では、この立替を「厚意」と呼び替えにいらっしゃる方が参ります。第四話「厚意という言葉」。
——ブックマークと評価は、帳場の白湯を沸かす薪代に充てさせていただきます。よろしければ、ひと束。




