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婚約解消、承知いたしました。立替金の期日は来月十日でございます 〜利息はいただきません。元本だけで足りなくなるはずですので〜  作者: 若槻すみか


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2/15

第2話 七年、三十七件の控えでございます

期日まで、あと二十八日。ご請求は三十七件、金貨千二百四十枚。

 書き出しに二晩かかりました。


 控えそのものは日付の順に綴じてございますので、写すだけなら半日で済みます。手間がかかったのは、品目の書き方でございました。うちの控えは帳場の言葉で書いてございまして、そのままお渡ししても、たぶんお読みになれません。


「立替・ヴ家・秋・献」


 これでは何のことか分かりません。ですから一件ずつ、ふつうの言葉に直しました。


「秋の叙勲の折、献納金として立替」


 三十七件を全部そうやって直しました。二晩かかったのはそのためでございます。


 ヴァイセル伯爵家のお屋敷は、王都の北の丘の中腹にございます。石段を上がると門があって、門から玄関までにもう一度石段がございます。上りながら、この石段は七年前に直したものだと思い出しました。控えの十一件目でございます。


 通されたのは応接の間でございました。テオドル様は先にいらしていて、卓の上に何も置かずに座っておいででした。


「お待たせいたしました」


 わたくしは書き出しを卓に置きました。四つ折りにして持ってまいりましたが、広げると卓の半分ほどになりました。


「これが、内訳か」


「はい。日付の順に、三十七件でございます」


 テオドル様は上から順にご覧になりました。ご覧になるというより、目で追っておいででした。


 いちばん上には、七年前の九月の一件がございます。


「先代様のご葬儀の折、香典返しの品代として立替。金貨四十枚」


 この一件には、朱で丸を打ってございます。


「その丸は」


「ご請求に入れていないという印でございます。この一件だけ、期日をいただいておりません」


「……なぜ」


「後ほど、あらためて申し上げます」


 ですから、控えは三十八件ございますが、ご請求は三十七件、金貨千二百四十枚でございます。


 三十七件のうち、いちばん古いものは、その翌月でございます。


「冬の薪、五十束。金貨十二枚」


 三件目からは、少し金額が上がります。


「叙勲の折の献納金として立替。金貨二百枚」


「四頭立ての馬車の修繕、車輪と軸。金貨三十八枚」


「王都のお屋敷の借り賃、二か月分の不足として立替。金貨六十枚」


「ご領地からの年貢の到着が遅れた折、職人の賃金として立替。金貨九十四枚」


 テオドル様の指が、四件目のあたりで止まりました。


「……この馬車は」


「二年前の春に、車軸を折られたものでございます」


「覚えている。あのとき君が、修理の手配をしてくれた」


「はい」


「手配をしてくれたことは覚えているんだ。金を出したとは、思っていなかった」


 わたくしは頷きました。それはそうだと思います。手配というのは、人を呼んで、頼んで、日を決めて、仕上がりを見に行くことでございます。そのあいだに支払いは済んでおりますが、支払いは誰の目にも見えません。


「三十八枚は、その場でお払いしております。うちの帳場から出ましたので、控えが残っております」


「なぜあのとき言わなかった」


「お聞きになりませんでしたので」


 テオドル様は書き出しに目を落としたまま、しばらく黙っておいででした。


「……そんなに、借りていたか」


「金貨千二百四十枚でございます」


 わたくしは書き出しのいちばん下を指でお示しいたしました。三十七件の下に、合計を一行書いてございます。


「合計の下に、内訳の割りも書いてございます。ご法事と季節のご挨拶で二百十枚。叙勲と献納で四百三十枚。お屋敷とご領地の入り用で三百八十枚。馬車と旅のお支度で二百二十枚」


「割りを出したのか」


「割りを出すと、どこが重いかが見えます」


 重かったのは、叙勲と献納の四百三十枚でございます。家の格をお保ちになるためのご入り用でございました。


 テオドル様は、書き出しを持ち上げて、光にすかすようになさいました。それから、思いついたように仰いました。


「これは、君が今作ったものだな」


「昨日と一昨日で書き写しました」


「つまり、後から書いたものだ。元の帳面はどこにある」


「原本はうちの帳場にございます。お望みでしたら、いつでもご覧に入れます」


 それから、わたくしは付け加えました。付け加えないほうがよいかとも思いましたが、後で申し上げるほうが角が立ちます。


「写しは、商業組合にもございます」


 テオドル様は顔を上げられました。


「組合に」


「はい。うちは組合の帳簿方に控えを預けております。商いの家では珍しいことではございません」


 これは本当のことでございます。ただ、なぜうちがヴァイセル様との立替まで預けていたのかは、わたくし自身も存じません。父の決めごとだと思っておりました。


「……そうか」


「お疑いになるのでしたら、組合でお確かめくださいませ。そのほうが確かでございます」


 テオドル様は書き出しを畳んで、内側へしまわれました。昨日と同じように、丁寧にしまわれました。


「ミレーユ。ひとつ聞いていいか」


「はい」


「利息を取らないというのは、その、恩を着せるつもりということか」


 わたくしは首を振りました。


「利息をいただきますと、そのぶん値切っていただく余地ができます。利息を三分お引きしますから、元本はいついつまでに、というふうに」


「……ああ」


「わたくしは、値切っていただく話をしたくないのでございます」


 テオドル様は、そのときはまだ、お分かりになっていなかったと思います。


 石段を下りて帰りました。門のところで振り返ると、二階の窓に灯りがついておりました。


 あの灯りの下で、あの方は今夜も手文庫をお開けになるのだと思います。昨夜も数えて、今夜も数えて、それでも数が増えることはございません。


 増えるのは、日が減ることだけでございます。

帳場の家では、控えの写しを商業組合にも預けます。片方が焼けても、片方が残るからでございます。ミレーユはそれを父の決めごとだと思っておりますが……七年前の簿冊だけ、背の札の字が少し違っておりました。ここは、覚えておいていただけると嬉しゅうございます。


さて、テオドル様は今夜も手文庫をお開けになります。数えても、金は増えません。増えるのは、日が減ることだけでございます。第三話「利息はいただきません」——優しくされたはずなのに、逃げ道のほうが先に無くなっていく回でございます。


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