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婚約解消、承知いたしました。立替金の期日は来月十日でございます 〜利息はいただきません。元本だけで足りなくなるはずですので〜  作者: 若槻すみか


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15/15

第15話 期日は本日でございます

本日、十月十日。ご請求は三十七件、金貨千二百四十枚。

 十月十日は、朝から晴れておりました。


 うちの店は、いつもどおり明け六つに戸を開けます。両替の台を出し、秤を据え、水を撒く。ヨナスが算盤の袋を解き、わたくしが硯に水を差します。


 テオドル様がいらしたのは、それから半刻ほど後でございました。


 馬車ではなく、荷車でございました。荷車には、木の箱が二つ載っております。ボルグ様が手綱をお持ちで、テオドル様がその横を歩いてこられました。


「持ってきた」


「お預かりいたします」


 箱を帳場へ運び入れて、蓋を開けました。


 金貨が並んでおります。


 わたくしは秤を出して、数えました。数えるのは、うちの店では手順が決まっております。まず二十枚ずつ紙に包み、包みを十本ずつ束にし、束の数を数え、最後に一本だけ開けて中身を数え直す。数え違いは、たいてい包むときに起きるからでございます。


 二つの箱で、包みは六十二本ございました。


「千二百四十枚」


 わたくしは、そう申し上げました。


 ヨナスが算盤を右手で一度弾きました。


「合っております」


 テオドル様は、帳場の入口のところに立ったままでいらっしゃいました。


 わたくしは受領証を書きました。日付、金額、受け取った者の名。書いて、印を押し、写しを一枚取りました。写しは組合へ回します。


「こちらをお持ちくださいませ」


 テオドル様は受領証を受け取って、それを両手でお持ちになりました。しまわれるまでに、少し時間がかかりました。


「これで、終わりか」


「はい。三十七件、すべて頂戴いたしました」


 わたくしは控えの束を開いて、一件ずつ、上から順に朱で「済」と書き入れてまいりました。三十七件でございます。三十七回、筆を置いて、また取りました。


 最後の一枚まで済ませて、束を閉じようとしたとき、テオドル様が仰いました。


「待ってくれ」


 懐から、小さな包みをお出しになりました。


「四十枚ある」


「テオドル様」


「請求されていない分だ。母には言っていない。……僕の手文庫の残りだ」


 わたくしは、その包みを見ておりました。


 この四十枚をお受けしないほうが、たぶん綺麗でございます。お受けしないと申し上げれば、この方は少し楽になられるかもしれません。あれは厚意だったことになって、七年の始まりのところだけが、金の話ではなくなります。


 けれど、わたくしはそれをしないことにいたしました。


「頂戴いたします」


 包みを開けて、数えました。四十枚ございました。


 わたくしは控えの束から、いちばん古い一枚を抜きました。


 七年前の九月十八日。先代様のご葬儀の折、香典返しの品代として立替。金貨四十枚。朱の丸。期日の欄は、空いております。


 わたくしは筆を取って、その欄に書き入れました。


 十月十日。


 線は引きませんでした。引き延ばしたことのない期日でございますので、引く線がございません。


 それから、その一枚にも「済」と書きました。


「三十八件、金貨千二百八十枚。すべて頂戴いたしました」


 束を閉じて、紐で結びました。


 テオドル様は、しばらくそこに立っておいででした。何か仰るかと思っておりましたが、仰いませんでした。


「……世話になった」


「こちらこそ、長らくお引き立ていただきました」


 わたくしは、帳場の椅子から立ち上がって、深く礼をいたしました。


 七年前、この方のお家に伺うようになった日と、同じ礼でございます。


 テオドル様とボルグ様は、空になった荷車を引いて、帰っていかれました。


 昼過ぎに、荷が着きました。木箱が十一、樽が四つ。数はいつもと変わりません。


 桟橋はまだ変わりません。取り決めが変わるのは来年からでございます。それでも、荷役の方々はもう知っておられて、いつもより口数が少のうございました。


 夕方、リンドナー商会のアルベルト様がお見えになりました。


「受け取られましたか」


「頂戴いたしました」


「では、こちらの用件を」


 アルベルト様は、外套を脱がずに、書付を一通お出しになりました。


「上流の荷を、月に二度、川下まで運びます。両替と勘定を引き受けていただける店を探しております」


「うちは小そうございます」


「小さい店の帳面は、たいてい合っております」


 わたくしは書付を受け取って、日付と、条件と、締めの刻を確かめました。


「三日、考えさせてくださいませ」


「結構です」


 アルベルト様は、帰り際に一度だけ振り返られました。


「ラウフェンさん」


「はい」


「期日を切ったのは、正しかった」


「はい」


 戸が閉まりました。表の通りを、荷車が一台通っていきました。


 帳場には、金貨の箱が二つと、閉じた控えの束と、算盤が残っております。


 わたくしは棚から新しい簿冊を出して、背に札を貼りました。今年の札でございます。字は、わたくしの字でございます。


 最初の頁を開いて、日付を書きました。


 十月十日。


 その下に、今日の分の両替を三件、書き入れました。銀貨を金貨に替えにいらした方が二組、金貨を細かくなさりたい方が一組。手数料は締めて銀貨六枚でございます。


 ヨナスが白湯を置いていきました。


 ちょうど飲める温さでございました。

最終話でございます。金貨千二百四十枚を受け取り、受領書に署名し、控えを閉じました。そして、空欄のままだった一件目——七年前の九月十八日、香典返しの四十枚に、ようやく期日を書き入れております。十月十日。書き入れたその日に、受け取っている。期日と受領が同じ日になる控えは、帳場ではあまり見ません。


誰も殴らず、誰も罵らず、声も荒げないまま終わる話にしたいと思って書きはじめました。取り立てないことが、いちばん強い取り立てになる——申し上げたかったのは、その一点でございます。利息は、最後までいただきませんでした。


新しい簿冊の一行目は、両替が三件、手数料は締めて銀貨六枚。日々の商いは、そうやって続いてまいります。


全十五話、これにて完結でございます。三十日ぶん、お付き合いくださいましてありがとうございました。


——ブックマークと評価は、その新しい簿冊の、次の一行に。数えていただけたぶんだけ、こちらの帳面も合ってまいります。

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