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婚約解消、承知いたしました。立替金の期日は来月十日でございます 〜利息はいただきません。元本だけで足りなくなるはずですので〜  作者: 若槻すみか


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第13話 目録が出てまいります

期日まで、あと四日。差し出された目録、紙にして二十枚。

 目録は、二日で出来上がりました。


 お屋敷へ伺うと、応接の間の卓に、紙が二十枚ほど並べてございました。レオノーラ様がお書きになったものでございます。


 字は細く、行は等間隔で、品目のあとに寸法と、由来と、見込みの値が書き添えてございます。うちの帳場でも、これほど整った目録はめったに見ません。


「ご覧になって」


「拝見いたします」


 銀器が十二点。絵が四枚。壁掛けが二枚。書物が百七十冊。馬車が二台。夏の家が一軒。


「銀器は、先代の代のものですわ。絵は、そちらの二枚が祖父の集めたもの」


「はい」


「書物は、テオドルが売るなと申しますの。ですけれど、いちばんまとまった金になりますわね」


 レオノーラ様は、指で紙をお示しになりながら、淡々と仰いました。


 見込みの値を合計いたしますと、九百二十枚でございました。


「手元の百八十枚とあわせて、千百枚。不足は百四十枚でございますわね」


「奥様」


「なあに」


「この九百二十枚は、いつの値でございますか」


 レオノーラ様の指が、紙の上で止まりました。


「……いつの、とは」


「買い手をお探しになる時が十分にある場合の値でございます。銀器も絵も、しかるべき方に、しかるべき季節にお売りになれば、この値がつきます」


「ええ」


「期日まで、四日でございます」


 わたくしは、目録の一枚目を指でお示しいたしました。


「四日で現金になさるとなりますと、買い取りの店に一度に出すことになります。うちの帳場でも、そうやって持ち込まれる品を毎月見ております。まとめて急いで出したものは、見込みの半分に届けばよいほうでございます」


「……半分」


「四百六十枚ほどかと存じます。手元とあわせて六百四十枚。不足は六百枚でございます」


 レオノーラ様は、二十枚目の紙をお取りになりました。そこには、まだ何も書かれておりません。


 この方は、数がお分かりになります。分かった上で、九百二十枚と書いておいででした。書いておけば、四日という日数のほうを見なくて済むからでございます。


 うちの帳場でも、同じ書き方をなさる方をお見かけいたします。値を高く見積もるのではなく、売れるまでの日数を書かないのでございます。


 わたくしは、はじめからそう思っておりました。厚意という言葉をお使いになったのは、数がお分かりにならないからではございません。分かった上で、そう呼ぶことを選んでおられたのでございます。


「六百枚を、四日で」


 レオノーラ様は、目録を揃えて、卓の端へ寄せられました。


「……リンドナーに、河港を出しますわ」


 わたくしは黙っておりました。


「あの権は、テオドルの代のものではございませんの。先代が、そのまた先代から預かったものですわ。手放せば、当家はただの地主でございます」


「はい」


「それでも、四日でございますものね」


 レオノーラ様は、はじめて、お茶に手をおつけになりました。


 冷めていたと思います。それでもお飲みになりました。


「あなたに、伺いたいことがございますの」


「はい」


「あなたは、いつからわたくしを見ておりましたの」


「見ておりました、と申しますと」


「厚意でしょうと申し上げたとき、あなたは驚きませんでしたわ。用意しておいでだったのでしょう」


 わたくしは、少し考えました。


「用意しておりました」


「やはり」


「奥様がそう仰るだろうと思っておりました。うちの帳場でも、返せない方はまずそう仰います。厚意でしたでしょう、お気持ちでしたでしょう、と」


「まあ」


「言い方は、みなさま同じでございます。育ちも家柄も関わりございません」


 レオノーラ様は、器を置かれました。


 それから、しばらく黙っておいででした。


「……厚意では、ございませんでした」


 声は高くございませんでした。この方は、最後まで声を荒げませんでした。


「借りておりました。七年、当家はあなたに借りておりました」


「はい」


「書いてくださって、構いませんわ。控えに」


 わたくしは筆を出しました。出しましたが、書きませんでした。


「奥様」


「なあに」


「控えには、あったことしか書きません。奥様が今そう仰ったことは、控えに書く筋のことではございません」


「……そう」


「うちの控えは、金の出入りだけを書くものでございます」


 レオノーラ様は、少しだけ、笑ったような顔をなさいました。笑ったのかどうかは、分かりません。


 帰り際、廊下を通りました。


 壁の暦の前に、テオドル様が立っておいででした。九月の升目は全部消えております。十月の升目は、六つ消えております。


 残っているのは、十日の升目までの、四つでございます。


「ミレーユ」


「はい」


「四日だ」


「はい」


 テオドル様は、炭を置かれました。


「明日、リンドナーと会う」


 その晩、うちの帳場に、組合のカイ様から書付が届きました。


 河港の権について、譲渡の届けが出される見込みである、との知らせでございました。届けが出れば、桟橋の取り決めは、新しい持ち主との間で結び直すことになります。


 わたくしは書付を綴じて、棚に戻しました。


 うちの荷は、明後日も同じ刻に着きます。

「厚意でしたでしょう、お気持ちでしたでしょう。言い方は、みなさま同じでございます。育ちも家柄も関わりございません」——帳場に四十年も座っておりますと、人が返せなくなるときの語彙は、だいたい出そろうのだと思います。


レオノーラ様は、最後まで声を荒げませんでした。荒げないまま、ご自分の手で目録をお作りになりました。「書いてくださって、構いませんわ。控えに」と仰った奥様に、ミレーユは筆を出して、書きませんでした。控えには、金の出入りだけを書くものだからでございます。


暦の升目は、残り四つ。次の話で、三つ減ります。第十四話「明日が十日でございます」。

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