第12話 なぜ七年も、と仰いました
期日まで、あと六日。十日延ばした場合の利息、金貨二十五枚。
テオドル様は、外套を腕にかけて立っておいででした。
「入っていいか」
「どうぞ」
帳場はもう戸を閉めておりましたので、灯りは一つきりでございます。わたくしは白湯を温め直しました。
「リンドナーが来たそうだな」
「はい」
「妹の縁談は取りやめだと、母のところへ文が来た」
「はい」
「うちの帳面を見せろと言われて、ボルグが見せた。母は知らない」
テオドル様は、椅子に手をかけて、それから座らずに立っておいででした。
「僕は、君に頼みに来た」
「はい」
「まけてくれとは言わない。それはもう分かった」
「はい」
「期日を、十日延ばしてほしい」
わたくしは白湯の器を卓に置きました。
「利息をいただきます」
「二十五枚だな。母に言われて、断ったのは僕じゃない」
「はい」
「僕が払う。手文庫から出す」
わたくしは、しばらく黙っておりました。
「テオドル様。その二十五枚は、いま手元にある百八十枚から出るものでございますね」
「……ああ」
「百八十枚は、元本に充てていただくお金でございます。そこから利息をお納めいただきますと、元本に充てる分が二十五枚減ります」
「……そうか」
「延ばしても、残るものが増えるわけではございません」
テオドル様は、そこでようやく椅子に座られました。
「君は、いつもそうやって数えていたのか」
「はい」
「七年、ずっとか」
「はい」
テオドル様は、卓の木目をご覧になっておいででした。それから、ずいぶん低い声で仰いました。
「なぜ七年も、黙って立て替えていた」
わたくしは、白湯の器に指を添えました。
この問いは、いつか来ると思っておりました。来たときに何と申し上げるかも、考えたことがございます。考えたことはございますが、うまくまとまったことは一度もございません。
「テオドル様は、七年前の九月に、門のところに立っておいででした」
「ああ」
「朝から晩まで、いらした方に頭を下げておいででした。わたくしが花をお渡ししたときも、受け取って、そのまま次の方に頭を下げられました」
「……覚えていない」
「はい。覚えておいでではないと思っておりました」
わたくしは、そこで一度、息を継ぎました。
「あの日、ボルグ様が困っておいででした。香典返しの品が足りない。まだ人がいらっしゃる。四十枚ほど足りないと」
「それで、君が」
「はい。その場でお出しいたしました」
「なぜ言わなかった」
「言う日ではございませんでした」
テオドル様は、顔を上げられました。
「翌月、冬の薪が足りませんでした。その次の月は、屋敷の借り賃でございました。そのころには、言う日ではないという理由が、月ごとに増えてまいりました」
「……」
「三年目に、一度だけ、申し上げようといたしました」
「いつだ」
「叙勲の折でございます。献納の二百枚をお出ししたあと、いつお返しいただけますかと、書いて持ってまいりました」
「僕は、なんと言った」
「あとで返す、と仰いました」
テオドル様は、目を閉じられました。
「そのとき、お顔が、ほっとしておいででした」
「……ああ」
「わたくしは、その顔を見て、書いた紙を出せませんでした」
テオドル様は、しばらく黙っておいででした。
「……解消の話だが」
「はい」
「僕が言い出したことになっているが、決めたのは母だ。リンドナーとの話が先にあった。家の勘定が回らないから、持参の金子のある家と結べと」
「はい」
「僕は、断らなかった。断れば君に返さなければならないと、どこかで分かっていたんだと思う」
わたくしは、そのお言葉を聞いて、はじめて少し楽になりました。
七年、返らなかった理由が、この方の中にもあったのだと分かったからでございます。
部屋の外で、川の音がいたします。夜のほうが、水の音はよく聞こえます。
「三年目のあと、僕は君に何か言ったか」
「叙勲のあと、半年ほどして、一度だけ」
「なんと」
「来年には落ち着くから、と仰いました」
「……落ち着かなかったな」
「はい」
落ち着くという言葉には、日付がございません。日付のない言葉を、わたくしは七年ぶん控えの余白に書き留めておりました。書き留めても、それは金額の欄には入りません。
いつか入れるつもりだったのだと思います。入れないまま、七年が経ちました。
余白の言葉には、金額を書く欄がございません。欄のないものは、いくら溜めても勘定に立ちません。
「テオドル様」
「なんだ」
「わたくしは、軽んじられたとは思っておりません」
テオドル様は、目を開けられました。
「甘えられたのだと思います」
「……それは、同じことじゃないのか」
「違います」
わたくしは申し上げました。
「軽んじられていたのでしたら、腹が立ちます。腹が立てば、三年目に紙を出しております」
「……」
「甘えていただけるというのは、こちらにも心地のよいことでございました。ですから出せませんでした。七年、出せませんでした」
テオドル様は、両手で顔を覆われました。長いことそうしておいででした。
わたくしは白湯を注ぎ足しました。注ぎ足したものは、飲まれませんでした。
「ミレーユ」
「はい」
「僕は、君に返す。リンドナーに肩代わりされるのは、返したことにならない」
「そうでございますね」
「だから、十日待ってくれとは、もう言わない」
テオドル様は立ち上がられました。
「母に、目録を作らせる」
「目録と申しますと」
「屋敷のものだ。売れるものを、全部書き出す」
その晩、わたくしは控えを開いて、残額の欄をしばらく見ておりました。
数字は動いておりません。
動いていないのに、この六日で、この数字の重さは変わりました。
「軽んじられたのでしたら、腹が立ちます。腹が立てば、三年目に紙を出しております」。
ミレーユが七年出せなかったのは、甘えていただけることが、こちらにも心地よかったからでございました。ここを「軽んじられた」で書いてしまうと、この物語は取り立ての話になります。取り立ての話には、したくございませんでした。
余白に書き留めた言葉には、金額の欄がございません。欄のないものは、いくら溜めても勘定に立ちません——七年ぶんの、いちばん静かな一行です。
そして、屋敷の売れるものが、すべて紙の上に並ぶことになります。第十三話「目録が出てまいります」。




