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雷都への帰路


霧葉村を出る頃には、

雨は少し弱まっていた。


灰色の空。


濡れた山道。


雷山家の馬車が、

ゆっくりと雷都へ向かって進んでいく。


その中で。


カナは、

ハンゾウの隣に座っていた。


「…………」


「…………」


会話はない。


というより、

ハンゾウが喋らない。


だがカナは妙に落ち着いていた。


小さな身体を縮こませながら、

ちらちらと隣を見る。


紫紺の忍装束。


顔を覆う布。


鎖鎌。


どう見ても怖い。


なのに。


「……ハンゾウ」


カナが小さく呼ぶ。


「……なんだ」


低い声。


「いる?」


「……いる」


短い返事。


それだけで、

カナは少し安心したように俯いた。


向かい側で、

ギンが吹き出す。


「ふふっ」


「……何がおかしい」


ハンゾウが視線を向ける。


「いやぁ」

「懐かれてるなぁと思いまして」


「…………」


ハンゾウは答えない。


だが、

ほんの少しだけ困っているようにも見えた。


ラクサスが笑う。


「ははっ!」

「お前、子供いけるんだな!」


「……別に」


「いや顔怖ぇぞ?」


「…………」


カナがハンゾウの袖を掴む。


すると。


ハンゾウは黙ったまま、

少しだけ姿勢を低くした。


それを見て、

ギンがまた笑う。


「優しいじゃないですか」


「違う」


即答だった。


だが説得力はなかった。


その様子を見ながら、

ユウキは少しだけ肩の力を抜いていた。


久しぶりだった。


こんな空気。


誰かが笑っているだけなのに、

少し安心する。


その時。


「鷲津さま」


凜が静かに声を掛ける。


ユウキは視線を向けた。


「今回の件、各国へ共有されます」


「……やっぱりか」


「はい」


凜は資料を閉じる。


「特に、“言葉を発した残滓”については重大案件となるでしょう」


馬車の空気が少し変わる。


『――雷』


あの声が脳裏をよぎる。


今思い出しても、

寒気がした。


「……あれは、一体なんなんだ」


誰に向けた訳でもない呟き。


だが。


誰も答えられなかった。


タカが低く言う。


「少なくとも、我々の知る存在ではありません」


「闇影家でも知らねぇんじゃねぇか?」


ラクサスが腕を組む。


「だったら余計タチ悪ぃな」


ギンが窓の外を見る。


「最近の異変、全部繋がってる気がするんですよねぇ」


「異変?」


ユウキが聞き返す。


ギンは指を折る。


「各地の村の壊滅」

「残滓の出現」

「他国でも同時発生」


そして。


少しだけ真面目な顔になる。


「……時継院が、妙に静かなんですよ」


その言葉に、

凜の目が細くなる。


時継院。


時を統べる国。


イザイア大陸の歴史管理者。


「静かって?」


「いつもなら、もう動いてる頃なんですけどねぇ」


ギンは窓へ頬杖をついた。


「今回は全然出てこない」


ユウキは、

以前見た地図を思い出していた。


時継院の上。


【?】


誰も知らない場所。


でも。


誰の地図にも、

そこだけは描かれていた。


その時。


馬車が揺れる。


外から、

低い雷鳴が聞こえた。


ゴロォォォ……


カナが少し肩を震わせる。


すると。


ハンゾウが静かに窓を閉めた。


冷たい風が止まる。


「……あ」


カナが小さく目を丸くする。


ハンゾウは何も言わない。


ただ黙って、

外へ視線を向けていた。


ユウキはその背中を見ながら、

小さく息を吐く。


雷都へ戻れば、

また“当主”としての日々が始まる。


逃げ場はない。


でも。


霧葉村で、

確かに思った。


守りたい。


そう思ってしまった。


その感情だけは、

偽物じゃなかった。

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