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雷山家の日常


雷都へ戻った頃には、

空はすっかり晴れていた。


雨上がりの空気。


濡れた石畳。


山々の向こうに、

夕陽が沈み始めている。


雷山家の屋敷へ入った瞬間。


「うわぁ……」


カナが小さく声を漏らした。


広い庭園。


池。

滝。

白砂。


夕焼けに照らされた雷山家は、

どこか幻想的だった。


「綺麗……」


その声に、

ユウキは少しだけ笑う。


「……俺も最初そう思った」


「最初?」


カナが首を傾げる。


「いや……なんでもない」


危ない。


つい素が出た。


凜が静かに視線を向けてくる。


だが、

何も言わなかった。


「カナ様のお部屋は既に準備しております」


「えっ」


カナが目を丸くする。


「わ、わたし、ここにいていいの……?」


凜は静かに頷いた。


「雷山家は民を見捨てません」


その言葉に、

カナの目が少し潤む。


「……ありがとう、ございます」


「礼には及びません」


相変わらず硬い。


だが、

優しいのは伝わった。


その時。


「腹減ったなー」


ギンが大きく伸びをする。


「…………」


全員が見る。


ギンはきょとんとした。


「いや、朝から戦闘だったじゃん」


「お前だけ緊張感ねぇな」


ラクサスが笑う。


「腹減ったなら勝手に食えばいいだろ」


「だから食堂行こうって話」


「なら最初からそう言え」


「言ったって」


「言ってねぇ」


凜が静かに口を開いた。


「夕食の準備は整っております」


「お、さすが凜」


「当然です」


即答だった。


カナが少しだけ吹き出す。


「ふふっ……」


その瞬間。


全員の動きが止まった。


カナが慌てる。


「ご、ごめんなさい……!」


「いや?」


ギンが笑う。


「笑った方がいいって」


ラクサスも鼻で笑う。


「そうだな」

「辛気臭ぇよりマシだ」


カナは少し戸惑いながら、

小さく笑った。


その姿を見て、

ユウキは胸の奥が少し軽くなるのを感じた。


……不思議だった。


つい数日前まで。


自分は、

真っ暗な部屋で、

将来の不安ばかり考えていた。


深夜まで残業して。


眠れなくなって。


何もできなくなって。


休職して二ヶ月。


ただ、

近所の自然公園を歩くことだけが救いだった。


ふと。


兄のことを思い出す。


警察官だった兄。


昔はよく遊んでくれた。


でも。


仕事を始めてから、

少しずつ変わっていった。


疲れ切った顔。


荒れた部屋。


辞めると言った日の、

あの虚ろな目。


ユウキは、

兄を見て警察官を諦めた。


正義だけじゃ、

人は救われないと知った。


それでも。


昔みたいに、

また笑って話せたらと思っている。


「鷲津さま?」


凜の声で我に返る。


「……ああ」


気付けば、

皆が先へ進んでいた。


カナだけが、

少し離れた場所で待っている。


「雷山さま」


小さな声。


ユウキは、

その呼び方にまだ慣れない。


だが。


「……行こうか」


そう答えると、

カナは嬉しそうに頷いた。


その時。


「…………」


ふと視線を向けると、

ハンゾウがカナの後ろに立っていた。


いつの間に。


相変わらず気配がない。


カナがすぐにハンゾウの袖を掴む。


「ハンゾウさん」


「……なんだ」


「いる?」


「……いる」


短い返事。


だが、

カナは安心したように笑った。


ギンが吹き出す。


「懐かれてるじゃん、ハンゾウさん」


「…………」


「子供苦手そうなのに意外」


「……別に」


ラクサスが笑う。


「顔怖ぇから泣かれるかと思ったぜ」


「…………」


ハンゾウは否定しなかった。


だが、

カナの手を振り払うこともしない。


その様子を見ながら、

ユウキは小さく息を吐く。


雷都へ戻れば、

また“当主”としての日々が始まる。


逃げ場はない。


それでも。


今この瞬間だけは。


少しだけ、

心が軽かった。

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