雷斬刀
翌朝。
雷都は久しぶりの快晴だった。
昨日まで降っていた雨が嘘みたいに空は青く、雷山家の屋敷も朝日に照らされている。庭を抜ける風も気持ちいい。
……まあ、そんな爽やかな朝なのに、俺は現在、雷山家屋敷裏の修練場に立たされていた。
広い。
いや本当に広い。
石畳が敷き詰められた修練場の周囲には竹林が並び、そのさらに奥には滝まで見える。個人の修練場ってレベルじゃない。
「……本当にやるのか?」
思わず聞くと、目の前の凜は即答した。
「必要です」
でしょうね。
白を基調とした装束に、日本刀。
相変わらず隙がない。
朝からこんな綺麗な人に真顔で詰められると、なんか変な緊張をする。
「鷲津さまは、雷の制御が不安定すぎます」
「そんな言い方ある?」
「事実です」
ぐうの音も出ない。
昨日の戦闘を思い出す。
雷が勝手に出て、勝手に暴れていた。正直、自分でも何が起きてるのかよく分かっていない。
しかも相手は化け物だった。
異世界、怖すぎる。
「本日は、継承武装の確認を行います」
「継承武装?」
凜が静かに頷く。
「各国の当主は、それぞれ代々受け継がれる武器を持っています」
「武器って……刀とか槍とか?」
「はい」
凜は続けた。
「雷山家当主の継承武装は、“雷斬刀”です」
その瞬間だった。
バチッ。
空気が小さく弾ける。
「っ……」
指先から電流が漏れた。
最近これが多い。
驚く俺とは対照的に、凜は落ち着いたまま話を続ける。
「雷山家の雷には段階があります」
「段階?」
「黄色い雷は通常雷。そこから進化した雷が蒼雷。そしてさらに極限へ至った雷が黒雷です」
「へぇ……」
自然と、昨日の雷を思い出す。
あれは黄色だった。
「ちなみに、初代当主・雷山鷲雄様は黒雷を扱われました」
「歴代最強って言われてる人か」
「はい」
凜の声には、わずかに敬意が混じっていた。
「そして先代当主・雷山鷲鷹様は蒼雷です」
完璧な当主。
何度も聞かされてきた名前だ。
雷山鷲鷹。
そして雷山鷲津。
みんなが信じている、“雷山家当主”。
俺は少し黙る。
ギンも。
ラクサスも。
カナも。
当然みたいに“鷲津さま”と呼ぶ。
そこに疑いはない。
本物の雷山鷲津だと、
誰も疑っていない。
だから時々、分からなくなる。
本物の雷山鷲津は、
どんな人だったんだろう、と。
怖い人だったのか。
厳しい人だったのか。
凜たちは、
どんな風に笑い合っていたんだろう。
少しだけ。
会ってみたいと思った。
「……鷲津さま?」
凜の声で我に返る。
「あ、悪い」
「集中してください」
「はい」
怒られた。
「……で、今の俺は?」
「通常雷です」
即答だった。
「まあ、そんな気はしてた」
黒とか青とか、どう考えても強そうだし。
「ですが、通常雷であっても雷山家当主の雷に変わりありません」
凜は静かに刀へ手を添えながら言う。
「一般兵であれば、近付くことすら困難です」
「比較対象が怖いんだよ」
凜は少しだけ首を傾げた。
「怖いですか?」
「いや怖いだろ。昨日だって普通に死ぬかと思ったし」
「ですが、鷲津さまは前へ出ました」
「反射だよ、あれは……」
本当にそうだ。
気付いたら身体が動いていた。
守らなきゃいけないと、
そう思った瞬間には雷が出ていた。
凜は少しだけ目を細める。
「以前の鷲津さまは、恐怖を口にされませんでした」
胸が少し痛む。
また、“以前の鷲津”。
完璧な当主。
みんなが信じる雷山鷲津。
「……今の方がダメか?」
気付けば、そんな言葉が漏れていた。
凜は少しだけ黙る。
風が吹き、黒髪が揺れた。
「……いいえ」
静かな声だった。
「今の方が、人間らしいです」
その言葉に、少しだけ救われた気がした。
「……始めます」
凜が刀を抜く。
キィン、と澄んだ音が響いた。
「いや待て、その刀必要?」
「必要です」
「なんで?」
「実戦形式の方が効率的ですので」
この人、割と脳筋なのでは?
次の瞬間。
凜が踏み込んだ。
「っ!?」
速い。
反応できない。
その瞬間――
バチィッ!!
雷が爆ぜた。
「うおっ!?」
右手へ黄色い雷が集束していく。
空気が震える。
雷が渦を巻き、一本の刀を形作っていく。
黒い刀身。
蒼い雷紋。
空気を震わせる雷圧。
「……これが」
「雷斬刀です」
握った瞬間だった。
轟ッ!!
「うわぁっ!?」
雷が暴走した。
石畳が砕け、竹林が激しく揺れる。
いや危ない危ない危ない!!
「制御してください!」
「無理だろこんなの!?」
バチバチと黄色い雷が暴れ回る。
腕が痺れる。
身体の奥まで電流が走っているみたいだった。
怖い。
だが、不思議と嫌ではない。
むしろ雷斬刀は、ようやく握られたことを喜んでいるように感じた。
「……落ち着いてください」
凜の声が聞こえる。
「雷は感情に強く反応します」
「感情……?」
「恐怖も焦りも、そのまま雷へ流れます」
俺は小さく息を吐いた。
落ち着け。
そう自分へ言い聞かせる。
すると、少しずつ雷が静かになっていった。
荒れていた黄色い雷が、ゆっくり刀身へ収束していく。
凜が小さく目を細めた。
「……初めてにしては十分です」
「いや、疲れたんだけど……」
「まだ始まったばかりです」
「嘘だろ」
本気で帰りたくなった。




