雷山家の食卓
修練が終わった頃には、腕の感覚がほとんど消えていた。
「……死ぬ」
「死にません」
即答だった。凜は本当に容赦がない。
雷山家の修練場を出ながら、俺は痺れた右腕をぶらぶら振る。まだ微かに黄色い電流が指先を走っていて地味に怖い。
「普通、初日の修行ってもっと優しくないか?」
「鷲津さまは普通ではありませんので」
「便利だなその言葉……」
凜は少しだけ息を吐いた。
「ですが、予想以上でした」
「え?」
「雷斬刀をあそこまで安定させたのは事実です」
少しだけ嬉しくなる。単純だな俺。でも、本物の雷山鷲津ならもっと簡単に扱っていたんだろう。そう思うと、素直に喜びきれない自分もいた。
屋敷へ戻る途中、廊下の向こうからギンが歩いてきた。
長い外套。片目を覆う眼帯。相変わらず軽そうな雰囲気だ。
「お、終わりました?」
「終わったっていうか、終わらされたっていうか……」
「顔死んでますよ」
ギンが笑う。
「凜、やりすぎじゃない?」
「必要な修練です」
「いやぁ、相変わらず厳しいなぁ」
ギンは肩をすくめながら俺を見る。
「でも、雷感じましたよ。屋敷の中まで響いてました」
「そんなに?」
「雷山家の屋敷、ちょっと揺れてましたし」
「怖いこと言うなよ……」
その時、廊下の奥から小さな足音が聞こえてきた。
「鷲津さま!!」
カナだった。勢いよくこちらへ走ってくる。
「お、おう」
「すごかったです!! 雷、ばちばちしてました!!」
目が輝いていた。完全にヒーローを見る目だ。やめてほしい。中身ただの元地方公務員なんだが。
「いや、まあ……暴走してただけだよ」
「でも凄かったです!」
カナは本当に嬉しそうに笑う。
「ハンゾウにも見せたかったなぁ……」
ぽつりと呟く。
「ハンゾウは今、国内の諜報活動中ですからね」
ギンが答えた。
「最近、国内でも妙な動きが増えてますし」
影のことだろうか。あの黒い化け物を思い出し、少しだけ背筋が冷える。
「タカは?」
「火の国ですよ。炎龍家との定期会談兼、護衛です」
「へぇ……」
タカがいないだけで、なんとなく屋敷が静かに感じる。いや、普段からあまり喋る人ではないのだが。
「ラクサスは?」
「修行」
「修行?」
「山籠りですね」
「まだ強くなる気なのかあの人……」
思わず引く。
「ラクサス、強くなることしか考えてませんから」
ギンが苦笑する。
「戦闘狂だよなぁ」
「否定はしません」
そのまま全員で食堂へ向かった。
雷山家の食堂も無駄に広かった。長い机に豪華な照明、壁には歴代当主らしき肖像画。完全に貴族の屋敷である。未だに慣れない。
「うわ……」
思わず声が漏れた。机いっぱいに料理が並んでいた。肉料理、魚料理、スープ、パン、見たことない料理まである。
「今日豪華じゃない?」
「鷲津さまが修練後ですので」
凜が答える。
カナは既に席について目を輝かせていた。
「すごい……!」
「いっぱい食べろ」
「うん!」
元気よく頷く。こういう姿を見ると少し安心する。霧葉村で見た時のカナは、もっと怯えた顔をしていたから。
凜が静かにスープをよそう。なんというか、こういう自然な動作が妙に絵になる。
「……凜って、なんでもできるよな」
ぽろっと口から出た。
すると凜が少しだけ動きを止める。
「突然どうしましたか」
「いや、なんか思っただけ」
「別に普通です」
少しだけ視線を逸らした。
ギンがニヤニヤしている。
「へぇ〜」
「ギン」
「怖」
ギンは笑いながら席へ座る。
こういうやり取りを見てると、本当に距離が近いんだなと思う。家臣というより、家族に近い。
だから余計に胸が痛くなる。
みんなが見てるのは、本物の雷山鷲津だ。俺じゃない。
でも。そんな風に信じられると、応えたいと思ってしまう。
「鷲津さま?」
カナが不思議そうにこちらを見る。
「あ、悪い」
「疲れてる?」
「ちょっとな」
「無理しちゃダメだよ!」
真っ直ぐな言葉だった。
その瞬間、昔のことを少し思い出す。休職する前。毎日深夜まで残業して、まともに眠れなくなって。誰にも「無理するな」なんて言われなかった。
いや。言われていたのかもしれない。でも、その時の俺には余裕がなかった。
「……ありがとな」
そう返すと、カナは嬉しそうに笑った。
その笑顔を見ながら、ふと思う。
本物の雷山鷲津は、どんな人だったんだろう。
みんなに信頼されて。凜やギンたちに当然みたいに慕われて。
どんな風に、この場所にいたんだろう。
少しだけ。
本当に少しだけ。
会ってみたいと思った。




