炎の国の剣士
翌朝、雷山家の屋敷はどこか慌ただしかった。
廊下を行き交う使用人の数も多いし、空気も少し張っている。朝食を終えた俺は、紅茶を飲みながら凜へ視線を向けた。
「なんかあったのか?」
「火の国から使者が来ます」
「火の国?」
「炎龍家です」
炎龍家。火の国を統べる当主家。つまり雷山家と同格だ。朝から急にスケールが大きい。
「ちなみに、なんで来るんだ?」
「霧葉村の件でしょう。最近、“影”の目撃情報が各国で増えています。情報共有かと」
なるほど。真面目な話だ。でも同時に胃が痛くなる。他国の当主家とか絶対緊張するだろ。しかも今の俺、中身ただの元地方公務員なんだが。
「タカはまだ火の国だよな?」
「はい。現在も炎龍家に滞在しています」
少し安心した。タカがいるならなんとかなる気がする。いや、完全に他人任せだけど。
「ハンゾウは?」
「諜報活動中です」
「ラクサスは?」
「修行」
「相変わらずだなぁ……」
ギンが苦笑する。
「まあ、今日来るの剣硝なんで」
「剣硝?」
ギンの表情が少しだけ引き締まった。
「炎龍家特臣です。火の国最強クラスの剣士ですよ」
「へぇ……」
「あと怖いです」
「お前が言うと説得力あるな」
その時だった。
廊下の向こうから、使用人が慌てた様子で走ってくる。
「鷲津さま、炎龍家の方々が到着されました」
空気が少し変わった。凜が静かに立ち上がる。
「参りましょう」
そのまま玄関ホールへ向かう。雷山家の大扉が開かれていた。外には黒塗りの大型馬車。そして、一人の男が立っていた。
長い赤髪。黒い和装。腰には細身の刀。静かなのに、肌が粟立つ。周囲だけ空気が違った。
男はゆっくりこちらを見る。赤い瞳。感情が読めない。
「……久しいな、鷲津」
低い声だった。その瞬間、背筋に冷たいものが走る。
強い。
見ただけで分かる。この人、ヤバい。
「……ああ、久しぶり」
なんとか返すと、男は少しだけ目を細めた。
「空気が変わったな」
心臓が跳ねる。だが男はそれ以上追及しなかった。
「まあいい」
興味を失ったみたいに視線を外す。寿命縮んだ。
「こちら、炎龍家特臣・剣硝です」
凜が静かに紹介した。
その時だった。
「ちょっと剣硝、急に圧かけないでよ」
後ろから声がした。
小柄な少女が馬車から降りてくる。赤髪のショートヘア。赤い瞳。黒を基調とした装束。腰には刀。不機嫌そうな顔だった。
「……シエルか」
ギンが小さく呟く。
少女――シエルは、俺を見るなり眉をひそめた。
「……なんか変わった?」
またそれか。怖いんだが。
「シエル」
剣硝が静かに名前を呼ぶ。
「分かってるって。別に悪い意味じゃないし」
そう言いながら、シエルはじっと俺を見る。
「前より柔らかい感じする」
ギンが苦笑する。
「最近よく言われるんですよね、それ」
「ふーん。前の鷲津、近寄り難かったし」
「そんなに?」
「そんなに」
即答だった。地味にショックである。
その時、カナが俺の後ろからひょこっと顔を出した。
「……誰?」
シエルと目が合う。一瞬の沈黙。
「……子供?」
「カナです!」
「元気ね……」
少し引いているシエルに、カナは目を輝かせた。
「刀かっこいい!!」
シエルが一瞬固まる。
「……え?」
「それすっごい強そう!」
「そ、そう?」
少しだけ照れていた。分かりやすい。
ギンがニヤニヤしている。
「シエル、子供に弱いんだよなぁ」
「うるさい」
シエルが睨む。でも、そのやり取りのおかげで少し空気が和らいでいた。
その様子を見ながら、剣硝が静かに口を開く。
「鷲津」
「ん?」
「影について話がある」
空気が変わる。さっきまでの柔らかい空気が、一瞬で消えた。
剣硝の赤い瞳が、真っ直ぐこちらを見ていた。
「今回の件、想像以上に深いぞ」
その声だけで、嫌な予感がした。




