各国に現れる影
応接室へ入る頃には、屋敷の空気が完全に変わっていた。
さっきまでの穏やかな朝とは別物だ。長机を挟み、俺の正面へ剣硝とシエルが座る。凜は俺の隣。ギンは壁際へ寄りかかるように立っていた。
……なんかもう、この時点で胃が痛い。
剣硝は静かだった。いや、静かすぎる。そこに座っているだけなのに空気が張り詰めている。刀へ手を置いているわけでもない。ただ視線を向けられるだけで妙な威圧感があった。
「……そんな緊張しなくてもいいんじゃない?」
シエルが呆れたように言う。
「顔引きつってるわよ」
「いや、そりゃ緊張するだろ……」
「ふーん」
シエルはそこで視線を逸らした。逆に剣硝は、ずっと俺を見ていた。
怖い。
本当に怖い。
この人、多分戦う時だけじゃなく普段から怖いタイプだ。
凜が静かに口を開く。
「それで、影についての話とは?」
剣硝は短く答えた。
「火の国でも出た」
空気が重くなる。
「場所は?」
「炎都南部の集落。三日前だ」
三日前。霧葉村の件と近い。
「被害は?」
凜の問いに、剣硝は淡々と答える。
「四十二名死亡。生存者はなし」
静かな声だった。なのに重い。部屋の空気が少し冷える。シエルもさっきまでの軽い雰囲気を消していた。
「火の国側も調査したけど、普通の魔物じゃない」
シエルが腕を組む。
「斬っても形を戻すし、魔力反応も変だった」
霧葉村と同じだ。
俺は自然と拳を握っていた。あの黒い影。人みたいな形をした化け物。あれを思い出すだけで、背筋が嫌な汗をかく。
「……火の国でも出たってことは、他国にも広がってる可能性があるな」
ギンが小さく呟く。
剣硝は静かに頷いた。
「既に風の国でも報告がある」
「風も?」
凜の表情がわずかに険しくなる。
「……想像以上ですね」
「だから来た」
剣硝の視線が俺へ向く。
「雷山家にも共有しておく必要がある」
その言葉に、部屋が静まり返る。
影が各国へ現れている。それだけでも十分異常事態だった。
「何が目的なんだ……」
思わず口から漏れる。
剣硝は少しだけ目を伏せた。
「まだ分からん」
「火の国でも調べてるんだよな?」
「ああ。だが情報が少ない」
そこでシエルが口を開く。
「ただ、一つだけ共通点がある」
赤い瞳がこちらを見る。
「影が現れた場所、全部“霊脈”が近いのよ」
「霊脈?」
聞き慣れない言葉だった。
すると凜が説明する。
「大地を流れる魔力の流れです。各国の結界や加護にも関わっています」
つまり、この世界の重要インフラみたいなものか。
「そこを狙ってるってことか?」
「まだ断定はできない」
剣硝が静かに言う。
「だが偶然にしては出来過ぎている」
嫌な話だった。もし本当に霊脈を狙っているなら、被害はもっと広がる。しかも各国が同時に襲われている。偶発的な魔物災害とは思えなかった。
「……なんか、普通に世界規模の話になってきてないか?」
俺が呟くと、ギンが苦笑する。
「まあ、八大国が動き始めてる時点でかなり大事ですね」
「笑い事じゃないだろ……」
「笑ってないですよ?」
笑ってた。
その時、応接室の扉が静かに開く。
使用人だった。
「失礼致します。風の国より書状が届いております」
空気が少し変わる。凜が書状を受け取った。封には、風の紋章。
「……斬寺からですね」
シエルが小さく息を吐く。
「仕事早いわね、あいつ」
凜は封を切り、中へ目を通した。その瞬間、わずかに表情が変わる。
「凜?」
俺が声を掛けると、凜は静かに顔を上げた。
「風の国でも、昨夜新たな被害が出たそうです」
部屋の空気がさらに重くなる。
凜は続けた。
「そして――影の中に、“雷”を纏った個体が確認されたと」




