霧葉村の生存者
『――雷』
歪んだ声が、
雨の村に響く。
ユウキの背筋が凍る。
黒い影はなおも、
こちらを見ていた。
目もない。
顔もない。
それなのに。
“見られている”。
そんな感覚だけが、
異様に強かった。
「……気味悪ぃな」
ラクサスが拳を鳴らす。
金色の雷が弾ける。
「喋る魔物とか、趣味悪すぎだろ」
「魔物ではありません」
凜が静かに言った。
刀を構えたまま、
一歩も動かない。
「少なくとも、既存の記録には存在しない」
ギンが鎖を握り直す。
「どうします?」
「鷲津さま」
全員の視線が集まる。
胸がざわつく。
まただ。
期待される。
判断を求められる。
だが。
ユウキは黒い影を見た。
あれは、
ここで止めなければいけない。
理由なんて分からない。
でも。
放っておけば、
また誰かが死ぬ。
そんな気がした。
「……終わらせる」
小さく呟く。
その瞬間。
バチッ、と空気が弾けた。
ラクサスが笑う。
「はっ、いいじゃねぇか」
タカが槍を構える。
「承知」
凜が静かに目を伏せた。
「お供いたします」
次の瞬間。
影が消えた。
「右だ!」
ギンの声。
黒い腕が、
ユウキへ迫る。
だが。
キィィン!!
凜の刀が斬り払う。
白い装束が雨の中で翻る。
一切の迷いがない斬撃。
その直後。
ハンゾウが影の背後へ現れた。
「止める」
鎖鎌が巻き付く。
同時に、
ギンの鎖が重なる。
ガギギギギッ!!
二重拘束。
黒い影が初めて、
大きく揺れた。
「今だ、鷲津!!」
ラクサスが叫ぶ。
タカの槍が地面へ突き刺さる。
ドォン!!
衝撃。
地面が隆起する。
影の動きが止まった。
ユウキの心臓が暴れる。
怖い。
失敗したらどうなる。
でも。
後ろには、
みんながいる。
頭の奥で、
雷が鳴った。
バチ……バチバチッ。
空気が震える。
空が暗くなる。
「……来るぞ」
ギンが目を細める。
ユウキは震える手を、
ゆっくり前へ向けた。
身体の奥で、
雷が脈打っている。
まるで。
“撃て”
と言われているみたいに。
影が暴れる。
拘束が軋む。
『――雷……山……』
その言葉に、
全員の空気が変わった。
だが。
ユウキはもう止まらなかった。
「――落ちろ」
次の瞬間。
轟音。
空が裂けた。
ズドォォォォォン!!!!!!
雷光が世界を白く染める。
視界が消える。
鼓膜が震える。
圧倒的な雷。
黒い影を中心に、
地面が爆ぜた。
そして。
静寂。
雨音だけが戻る。
焦げた地面。
砕けた井戸。
そこに。
もう影はいなかった。
黒い霧だけが、
風に溶けるように消えていく。
「……終わったか?」
ラクサスが呟く。
ハンゾウが周囲を見渡す。
「……気配、消失」
タカが槍を下ろした。
ギンが小さく息を吐く。
「マジで倒したんですかね、今の」
ユウキはその場に膝をついた。
力が抜ける。
息が苦しい。
指先が痺れていた。
凜がすぐ隣へ来る。
「鷲津さま」
「……大丈夫」
全然大丈夫じゃない。
心臓がうるさい。
怖かった。
今も怖い。
だが。
村を覆っていた、
あの異様な圧迫感だけは消えていた。
その時。
「……あ」
小さな声。
全員の視線が動く。
崩れた家屋の陰。
小さな少女が、
こちらを見ていた。
泥だらけの服。
震える身体。
だが。
その目は、
真っ直ぐユウキを見ていた。
少女の唇が、
ゆっくり震える。
「……らいざん、さま……?」
ユウキの呼吸が止まる。
少女は、
涙を堪えるみたいに唇を噛んだ。
「ほんとうに……来てくれた……」
その言葉が、
胸に刺さる。
違う。
俺は。
本物じゃない。
そう言いかけて、
言葉が止まる。
少女はふらつきながら、
こちらへ歩いてくる。
「みんな、死んじゃって……」
「でも……雷山さまなら、助けてくれるって……」
小さな手が、
ユウキの服を掴む。
震えていた。
怖かったのだ。
ずっと。
ユウキは、
その小さな手を見つめた。
そして。
ゆっくりと、
しゃがみ込む。
「……もう、大丈夫だ」
気付けば、
そう言っていた。
少女の目から、
ぽろりと涙が落ちる。
「……カナ」
小さな声。
「わたし、カナ……」
ユウキは、
その名前を静かに繰り返した。
「……そうか」
背後で、
ギンが小さく息を吐く。
ラクサスは黙ったまま、
空を見上げていた。
凜だけが、
静かにユウキを見ている。
その視線は、
どこか少しだけ――優しかった。




