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霧葉村

雷都を出た頃には、雨脚はさらに強くなっていた。


馬車の屋根を激しく叩く雨音。


窓の外は灰色だ。


深い霧が山道を覆い、遠くの景色はほとんど見えない。


「……遠いな」


思わず呟く。


向かい側では、ギンが片足を座席に乗せながら頬杖をついていた。


長い外套。

片目を覆う黒い眼帯。

指先では、鎖付きの短剣が退屈そうに回されている。


「雷山領は広いですからねぇ」


軽い声。


だが、その見えている片目だけは、ずっと外を警戒していた。


隣ではラクサスが腕を組み、目を閉じている。


金髪。

大柄な体。

毛皮付きの黒い外套。


獣みたいな威圧感。


眠っているように見えるが、多分違う。


いつでも戦える空気を纏っていた。


馬車の奥にはタカ。


重厚な槍を傍らに置き、微動だにせず座っている。


巨大な鎧姿は、それだけで壁みたいだった。


そして。


気付けば、ハンゾウの姿が見えない。


「……あいつ、どこ行った?」


ユウキが小さく呟くと、


「上です」


凜が即答した。


黒髪を後ろで結った凜は、静かに資料へ目を通している。


白を基調とした装束。

落ち着いた表情。


だが、その視線だけは鋭かった。


「上?」


その直後。


ドンッ。


馬車の屋根に何かが着地する音。


「…………」


ユウキの顔が引きつる。


ギンが笑った。


「ハンゾウ、移動中ずっと屋根ですよ」


「いや危ないだろ……」


「本人は落ちません」


凜が淡々と返す。


そういう問題なのか。


「霧葉村は人口七十六名の小規模集落です」


凜が資料を閉じる。


「生存者は少女が一名」


空気が少し変わった。


「……今まで、生き残りはいなかったんだよな」


「はい」


凜が頷く。


「発見時、少女は村外れの森林で倒れていました」


「どうして助かったんだ?」


「不明です」


雨音だけが響く。


ユウキは窓の外を見る。


暗い森。


深い霧。


妙な圧迫感があった。


その時。


「鷲津さま」


ギンが不意に口を開く。


「ん?」


「怖いですか?」


唐突だった。


だが、妙に逃げられない問いだった。


「……怖いよ」


正直に答える。


ギンが少しだけ目を丸くする。


「へぇ」


「人が死んでる場所なんて、普通怖いだろ」


「まあ、それはそうですね」


軽く笑う。


その時。


ラクサスが片目を開けた。


「でも前のお前なら、そんなこと言わなかったな」


胸が少し痛む。


また、“以前の鷲津”。


完璧な当主。


迷いのない雷帝。


ユウキは窓へ視線を戻した。


「……少し変わったのかもな」


ぽつりと漏らす。


ギンが小さく笑う。


「今の方が人間っぽいですよ」


「ギン」


凜の声が冷える。


「はいはい」


肩をすくめる。


だが空気は悪くならなかった。


誰も疑っていない。


雷山鷲津本人だと、

当然のように信じている。


ただ、

少し変わっただけ。


それだけだ。


だからこそ苦しかった。


やがて。


「見えてきました」


凜の声。


馬車がゆっくり止まる。


外へ降りた瞬間。


ユウキは息を呑んだ。


「……っ」


村だったもの。


焼け落ちた家屋。


崩れた柵。


泥に混じる黒い焼け跡。


雨が降っているのに、

焦げ臭さだけが残っていた。


静かすぎる。


人の気配が、ない。


「……これ、全部」


声が掠れる。


タカが低く答えた。


「はい」


重い沈黙。


その時。


バチッ。


空気が弾けた。


「……!」


全員の視線が動く。


村の奥。


崩れた井戸の近く。


黒い何かが揺れていた。


「残滓か」


ラクサスが笑う。


だが目は笑っていない。


「随分堂々としてんな」


その瞬間。


ハンゾウが、音もなく影の後ろへ現れた。


鎖鎌が閃く。


ガギィン!!


金属音。


黒い影が吹き飛んだ。


「……人型」


ハンゾウが低く呟く。


紫紺の忍装束。

顔を覆う布。


まるで最初からそこにいなかったみたいに、

気配が薄い。


影はゆっくり立ち上がる。


輪郭が曖昧だ。


人の形をしている。


だが。


“人間じゃない”。


見ているだけで、本能が拒絶する。


「っ……」


ユウキの呼吸が浅くなる。


怖い。


あまりにも異質だ。


その瞬間。


影が、こちらを向いた。


ぞわり、と全身が粟立つ。


笑った気がした。


次の瞬間――


影が消えた。


「来るぞ!」


タカの声。


直後。


ユウキの真横に、

黒い腕が現れた。


「っ!!」


反応できない。


終わった。


そう思った瞬間。


バチィッ!!


雷が弾けた。


黒い腕が吹き飛ぶ。


「……え?」


自分の身体から、

電流が走っていた。


無意識だった。


ギンが目を細める。


「自動防御ですか」


ラクサスが笑う。


「はっ、相変わらず規格外だな」


違う。


自分はそんな存在じゃない。


なのに。


身体の奥で、

雷が脈打っていた。


まるで。


“敵を許すな”


とでも言うみたいに。

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