風の国の特臣
森の中は静まり返っていた。
先ほどまでそこにいた黒衣の男も、影達も消えている。だが、空へ伸びる巨大な雷柱だけは消えていなかった。
「追うぞ」
剣硝が短く言った。
誰も反対しない。
あの男は何かを知っている。そして雷柱も、影も、全て繋がっている気がした。
俺達は遺跡を後にし、雷柱の方向へ向かって森を進む。夜明け前の森は薄暗く、不気味なほど静かだった。
木々の間を進みながら、俺はさっきの戦いを思い返していた。
影は俺の雷を模倣した。
あれが本当なら厄介どころの話じゃない。
戦うほど強くなる敵なんて冗談じゃない。
「考え事ですか?」
隣を歩いていた凜が小声で聞いてくる。
「ああ」
「影のことですか」
「まあな」
その時だった。
ギンが突然足を止める。
「……いますね」
全員の動きが止まった。
「どこだ?」
俺が周囲を見回す。
だが何も見えない。
ギンはゆっくりと木の上を見上げた。
視線の先。
太い枝の上に、一人の男が立っていた。
深い紺色の外套。
顔は布で覆われている。
腕や首にも包帯が巻かれていた。
気配が異常なほど薄い。
見えているのに、目を離せば消えてしまいそうだった。
「ミスト」
ギンが呟く。
男は何も答えない。
ただ静かに森の奥を見つめていた。
その時だった。
ガシャン、と金属音が響く。
全員が振り返る。
森の向こうから、一人の男が歩いてきた。
軍服のような装束。
顔を覆う包帯。
鋭い隻眼。
腰には長刀。
一歩踏み出すたびに空気が張り詰めていく。
まるで戦場そのものを背負っているようだった。
「雷の国の者か」
低い声だった。
それだけで自然と背筋が伸びる。
「雷の国より参りました。雷山鷲津です」
俺が名乗る。
男は俺をじっと見た後、小さく頷いた。
「俺は斬寺。風の国特臣だ」
短い。
それだけだった。
だが、それだけで十分だった。
この男が強者であることは誰の目にも明らかだった。
「話は聞いている」
斬寺が言う。
「影と接触したそうだな」
「ああ」
答えたのは剣硝だった。
「黒衣の男もいた」
その瞬間、斬寺の隻眼が細くなる。
「やはり現れたか」
短い一言。
だが反応を見る限り、何か知っている。
「知っているのか?」
俺が聞く。
斬寺は空を見上げた。
巨大な雷柱が遠くで唸り続けている。
「あれが現れてから三日だ」
「三日?」
「風の国各地で影が現れ始めた。そして昨日――村が一つ消えた」
空気が凍り付く。
ギンの表情から笑みが消えた。
「消えた?」
「住民ごとだ」
誰も言葉を返せなかった。
すると今まで一言も喋らなかったミストが、不意に森の奥へ視線を向ける。
「……来る」
低い声だった。
全員がそちらを見る。
次の瞬間。
ゴロゴロゴロゴロ――――ッ!!
巨大な雷鳴が森を揺らした。
地面が震える。
木々が激しく揺れる。
そして遠くの空で、巨大な雷柱がさらに膨れ上がった。
まるで何かが目覚めるように。
斬寺が長刀へ手を掛ける。
「急ぐぞ」
その声に迷いはなかった。
「奴らの狙いは、まだ終わっていない」
俺達は顔を見合わせる。
そして次の瞬間には、一斉に雷柱の方角へ駆け出していた。




