墓穴と銃口
「利用じゃない……貸してほしいだけだ。」
「同じだ――俺にとっては。」
木の間から見える薄暗い曇り空を背に、
フィーネはトンと穴から飛び出て、ドルチェに向き直った。
「この穴が何か、分かるか?」
ドルチェは黙って穴に目を向ける。
「――墓穴だよ。俺に関わって、死んだ奴の。」
そう言うと、フィーネはいきなりシャツを引きちぎった。
――その左胸には、奇怪な模様がタトゥーのように刻まれている。
「実際に目にしたらビビるだろ?
――本物の悪魔を。」
フィーネはうっすらと笑いながらドルチェに近づいて立ち止まった。
「ここには――心臓がないんだぜ?」
ドルチェは、チラリと模様を見て、
それから、フィーネの目を真っすぐ見た。
「そうだな――
困ってはいる。」
「何を……」
「夕飯がない。
――朝にマカロニを全部食べてしまったからな。」
「馬鹿にしてんのか?」
フィーネは怒声を上げる。
「テメェら中央高官は高いところから、俺を利用して、
テメェも俺を利用して、
――結局クララや他の……」
「どうすればいい。」
「何がだよ!」
「今朝のように……」
「朝ァ?」
「貴様が笑うには、どうすればいい。」
フィーネは息を飲んで、
目の前の白髪の美しい男の、紫水晶のような瞳を見た。
「――テメェ、何のつもりだ。
まさか、俺と契約を……」
「馬鹿か?合意がなくて契約できるか。
だから、貴様が笑うには……」
「じゃあ、命令しろよ。
『笑え、終局の悪魔』ってな。
――クソ高官どもみたいに。」
「この鈍感災害!!!」
とうとうドルチェがフィーネの顔をぶん殴った。
「ってェなァ!!」
そう言うなり、フィーネはドルチェの胸を蹴り飛ばす。
吹っ飛びながらドルチェは懐の拳銃をフィーネに投げつけ、それがフィーネのこめかみに当たり、
血が流れ落ちる。
「心臓どころか脳みそもないな!ぼんくら!!」
「うるせェ!!!」
怒りで目を爛々と輝かせたフィーネが、投げつけられた拳銃を取り上げて、
ピタリと銃口をドルチェに向ける。
しかし、ドルチェは、自ら額に銃口をグイと押し付けながら、
ゆっくりと立ち上がった。
「撃てばいい。
――なぁに、墓穴があるから、ちょうどいい。」
銃口を向けているフィーネの方が怖気づく。
中央官庁の若く、美しく、有能で、真面目なクソ高官。
俺の力を求めながら、
俺を真っすぐに見て、
殺されることも受け入れる人間。
この男こそ、俺との契約に最もふさわしい人間――
でも……
「おい、目を伏せるな。私を見ろ。」
フィーネはハッとしてドルチェを見る。
「そうだ。そのままだ。」
「何をしたい……」
「貴様の目を見たい。
――どうせ撃たれるなら、美しいものを見ていたい。」
フィーネの顔が赤く染まっていく。
「う……うつく……しいって何が……」
「貴様の目に決まっている。」
「馬鹿じゃねェの?」
「馬鹿だとも。
おい、目を伏せるな。」
ドルチェは、その額を銃口に遠慮なく擦り付けながら、
瞬きもせずにフィーネの目を凝視する。
フィーネは、貪るように自分を見つめるドルチェに怖気づき、
とうとう拳銃をバタリと落として、頭を抱えた。
「ア――!!!どっか行けよ!白ネズミ!
俺の弔いの時間を邪魔すんな!!」
「小役人は無駄まみれだな。
クララ嬢が死んでからにしろ。」
「死んだに決まってるだろ!俺を……
俺を……」
「愛したから?
――貴様が何もしなくとも……
相手が貴様を愛したら……人生の【終局】が掛かるんだな?」
フィーネは目を逸らしてうつむいた。
が、ドルチェが、急にフィーネの腕を掴んで走り出した。
「おお?何?なんだ?」
「病院に行く。クララ嬢の生死を確認する。」
「嫌だね、離せ!!!
――ああ!何だこの馬鹿力は!テメェ!!」
「走れ、墓堀野郎!
ついでに、街でマカロニを買うぞ!!」
「馬鹿じゃねェの!?」
すっかり暗くなった空の下、二人の男は走り出す。
「クララ嬢が生きていたら、生肉も買うぞ。」
「料理できねェだろ!」
「煮て、塩をかける。」
「愚直か!」
***
数十分後、フィーネとドルチェは、アマデウス中央病院に転がるように走り込んだ。




