愛の告白と美しい目
――――
「次の方、こちらの部屋にどうぞ。」
またしても朝のマカロニを思い出していたフィーネは、ドルチェの声にハッとした。
そう。
――今日、ドルチェがいないのは、
「アマデウス州の騒音公害」フィーネについて、職員から順番に話を聞いているからだ。
聴取が終わった職員は、チラリとフィーネを見てから、気まずそうに席に戻る。
「――ラルゴ課長。」
フィーネは周りに聞こえるような声を出す。
「俺の目の前で、一人一人呼び出すってどうなんですか。
この微妙な空気を嗅いでください。」
ラルゴ課長は困ったようにフィーネを見る。
「こっそりやっても、君が気持ち悪いだろうからって、ドルチェ様がねえ……」
「ハァ……この空気、苦手。
もうサクッと辞めさせてくれよ……」
煙草を片手にガクリと頭を垂れる。
職員はオロオロとフィーネの方を見る。
リリリリリリリリリリーーーン
ちょうどお昼の鈴が鳴る。
「皆さん、今日はお手数を掛けました。
さあ、今日はホテル・ローズのランチコースです。
こちらにお越しください。」
優美なドルチェの声に、ホッとしたように職員たちは立ち上がり、
周囲に誰もいなくなる。
ドルチェの周りに、笑顔が自然と広がる。
「ああ――……なんだこれ……」
辞めさせねェのはテメェらだろ……クソ高官どもが……
煙草を揉み消して立ち上がったとき、後ろに人がいた。
――クララだ。
「フィーネさん……」
「おお、スマン。」
するりと避けて立ち去ろうとすると、
クララが必死に縋り付いて、腕を掴んで来た。
「私は、フィーネさんが……ここに必要な人だって思ってます。
ドルチェ様にも、そう言いました。」
フィーネはギクリとしたように周りを見回す。
誰もいない。
皆、ドルチェの周りにいる。
「俺は、みんなが俺に気を遣って、居心地ワリィってだけ。
快適な業務環境が……」
「どうして、そうやって私を避けるの……」
「あっちで美味そうな昼飯がある。食って来な。」
フィーネは、クララの手から離れようとする。
「フィーネさんがいないと美味しくないです。」
「馬鹿言うな。大体の食いモンは俺がいると不味くなる。
さあ……」
「私は、フィーネさんのことが好きなの……」
「――そこまでだ。」
低い声が聞こえると共に、クララの手がフィーネから離れる。
――ドルチェが優しくクララの手を取っている。
「Signora、愛の告白はこういう場所ではいけません。
――もっとロマンティックな所でないと―― 」
クララは林檎のように赤くなる。
(愛……)
口の中で呟いたフィーネの顔から血の気が引いている。
「申し訳ありません……ドルチェ様。
職場で私……」
「もちろん、貴女に罪などありません。
罪作りはあそこの赤鬼ですから――
さあ、今は、あちらでランチをお召し上がりください。」
クララは潤んだ目でフィーネを見たが、フィーネは全くクララを見ていない。
彼女はうつむいて、笑いさざめく職員たちの方に去った。
ドルチェがフィーネを見ると、唇を噛みしめてバタバタと革鞄に荷物を入れている。
「何をしている。」
「今日はこれから休みにする。」
そう言うなり、フィーネは急いで部屋を出た。
***
「待て……待て!」
ドルチェはフィーネの前に回り込む。
フィーネはうつむいたままだ。
「なんだ、小役人――職員の聴取がこたえたのか?
――なぁに、安心しろ。
癪に触るが、誰一人、貴様を悪く言う奴はいなかった。
むしろ……」
「黙れ。」
急にフィーネはドルチェの襟首を掴み上げた。
「なぜ、今、そんなことが言える。」
フィーネの瞳は、燃え立つ青い炎のように揺らめいている。
ドルチェは、今ここで、フィーネの目の炎に焼き尽くされるような気さえした。
――なんという美しさなのか。
どんなにこの男が隠そうとしても、この目の美しさには、誰も……
誰も……
ドルチェは思わず、その目に取り憑かれたように、
自分の襟首を掴むフィーネの手をそっと握ろうとした。
が、このとき、
「あ、ドルチェ様!ここでしたか!」
と、職員の声が聞こえた。
フィーネは素早く手を離し、黙ってその場から消えて行った。
一瞬、苦しい表情でフィーネを見送ったドルチェだったが、
振り返ったときには優美な微笑みを浮かべていた。
「さあ、一緒に戻りましょう。」




