塩をかけたマカロニ
その翌朝――
窓口から見える庁舎のホールは、明らかに、尋常ではない人で賑わっていた。
フィーネはため息をついた。
踏み台をもってホールに行くと大声を上げた。
「市民の皆様、本日は白髪の男は窓口におりません。」
一気に場がざわめき、怒りの声まで飛んで来る。
最初はまぁまぁと宥めていたフィーネだったが、
「うるせェ!ここは劇場じゃねェ!
金も払わずに、ウチの美形を見に来るんじゃねェ!!」
と声を荒げる。
「アンタも口の悪さがなければ、相当……」
「さっさと帰れ、紅ショウガ!実印を持って出直して来い!!」
普段は面倒な市民にうんざりしている職員たちも、
この状況に毒気を抜かれ、必死に笑いを堪えている。
ようやく、ドルチェ目当ての人々をホールから追い出すと、
フィーネはため息をついて窓口に座り直した。
フィーネは今朝のことを思い出した。
***
フィーネが目を覚ますと、シャッシャッと庭の方から音がする。
窓からこっそり覗くと、落ち葉を箒で集めているドルチェが見える。
「真面目かよ……」
そのままそっと見つめていると、ドルチェが身をかがめて何かを拾う――
と、コツンと窓に何かが当たった。
ドルチェがこちらを向いてニヤリと笑っている。
フィーネがパッと窓を開けると、まつぼっくりが窓の下に引っ掛かっている。
「おい、朝食はなんだ?」
ドルチェが箒に手を掛けて当然のように尋ねる。
「そんなものねェ!」
「何ぃ?」
ドルチェは不満げに窓辺に近づいて、フィーネを見上げる。
オールバックに撫でつけていた髪は、朝靄の中で若々しく乱れている。
「貴様はいつもどうしてるんだ。」
「庁舎の近くで食べる。」
「家に何もないのか?」
「缶詰くらいじゃねェ?あと、乾パンとビスケットと……」
「ロビンソン・クルーソーだな……まるで難破船だ。」
「羊もオウムもいねェ。」
「――私がいる。」
ドルチェは窓枠に手をかけて、中に飛び入った。
「作るぞ。」
「ハァ?……あ、料理得意なの?それなら……」
「作ったことなどない。まあ、焼けばいいんじゃないか?」
そう言いながら、さっさと台所に向かう。
「待て待て待て待て……ウチを燃やすな!」
棚を覗き込んだドルチェは、奥から押しつぶされたマカロニの袋を引っ張り出す。
「これを水に入れれば食えるか……」
「……これ、いつ買ったっけ……?」
「問題ない。乾いていれば何でも災害の備蓄品になる世界だ。」
「災害はテメェだ。」
ドルチェは背後から覗き込んでいるフィーネの顎を、指で突き上げて立ち上がった。
「鈍感災害に言われたくない。」
「鈍感は関係ねェだろ!
ホテルを追い出されたスケコマシが!!」
「鍋はどこだ、鍋は。」
「鍋?……鍋……どこだ……」
「少ないな。これで男二人が満腹になるのか?」
「知らねェよ。」
火にかけて、二人で鍋を睨む。
「おいおいおい、なんか、噴き出てる!」
「火を弱めろ、家を燃やす気か!」
「テメェ……」
何とか湯を捨てると、思わず二人で顔を見合わせる。
「恐ろしく量が多いな。小役人は予測も立たんのか。」
「誰だよ!満腹になるかっつったのは!」
恐る恐る口に入れる。
「おい。味がない。不味い。」
「黙って食えよ!」
「ソースはないのか?」
「貴婦人かよ!ホテルに帰れ!自腹で!」
ふと目を上げたドルチェが、立ち上がって何かを持ってくる。
「これは塩か?
――塩をかければどうだ?」
手を突っ込んで、パラパラとかける。
「テメェ……自分の家みてェに……んっ?」
「これは……。」
その後、男二人は、鍋に山盛りのマカロニを手づかみで争って食べた。
***
15キロを走って役所に着くと、ロッカールームのシャワーを軽く浴びる。
登庁した男性職員たちも、水を滴らせた二人の立派な体格に、
思わず口に入れていた飴を落としたり、
机に足の小指をぶつけてうずくまったりしている。
シャツのボタンを留めながら、ふとフィーネは気付いた。
「おい、白ネズミ。テメェ、俺の評価をしに来たんだろうが。
――こんなんじゃ評価が……」
「私が、貴様にいい評価をすると?
乙女の発想だな、ジジイしか喜ばん。」
髪をオールバックに撫でつけながら、ドルチェが鼻で笑った。
「テメェ……」
青筋を立てたフィーネは、ドルチェの髪を猛烈に揉みくちゃにする。
「何をする!貴様……」
こちらも猛然とフィーネの髪を引き掴む。
「ハッハッハッハッ!!!」
急に快活な笑い声がロッカールームに響く。
そこには、栗毛の、無精ひげを生やした男性が、
葉巻を口に咥えてひょっこりと立っていた。
「いやいや、朝から眼福眼福。」
「レジェロ所長!」
周囲の職員たちが慌てて挨拶をする。
「あー、すまんね。君たちの楽園にお邪魔して……
噂の二人を見たくて、もう……ククク……」
「噂ァ?……俺がコイツの股間を蹴ったこと……」
「どうぞ、好きなだけご覧ください。
童貞に手数料は不要ですから。」
「ハッハッハッハッハッハッ」
レジェロ所長を含め、その場の全員が笑い出す。
フィーネは髪の付け根まで赤くして「テメェ……」と呟いたが、
争って食べたマカロニがふと目に浮かぶと、
振り返りもせずに、ロッカールームを走り出た。
***
それが、今朝だ。
フィーネは、仕事の手が止まっていたことに気付くと、
「次の方どうぞ!」
と大きな声を出した。




