家に来た高官
リリリリリリリリリリーーーン
終業の鈴が鳴る。
皆がドルチェに集まって、今日一日の健闘を称え、
夕ご飯などに誘っている。
「ハイ皆様、お疲れェ。」
その横をすり抜けたフィーネは革鞄を持ってさっさと庁舎を出る。
(今日は明日の分まで仕事終えちまったから、このまま帰れるぜ。)
――ドルチェが窓口だけでなく、様々な書類業務も同時にこなしてくれたからだ。
通りの外れまで来ると、上着を脱ぎ、革鞄をしっかり背負う。
二、三回軽くジャンプして、身をかがめると、
羽が生えたように走り始めた。
ここから家までは15キロほど。
いつも走って通勤しているのだ。
町を抜けて、段々、人も馬車も少なくなってくる。
夕暮れの紫の空に、白く輝く一番星が浮かぶ。
フィーネは涼しい風を割って走る。
(あんな奴が職場にいたら、毎日定時退庁だぜ。)
――優雅な笑顔と、真面目な手元。
(同じくらいデケェから、邪魔ではある。)
――俺に対抗できる、文官とは思えない身体能力。
(うめェ昼飯が食えるのは最高だ。)
――だが、俺にだけぶつけられる憎々しい態度。
(俺のせいで田舎に出張させられてるからか……)
「力を貸せ」
「悪かったな」
「からかいにきただけ」……
人家がまばらになって来て、街灯もほとんどない中、
フィーネは全く速度を落とさずに走り続けた。
***
林を抜けた先、白い石造りの小さな家の前で、ランタンの灯りが風に揺れる。
フィーネが、黙々と家の前の落ち葉を集めたり、
低木の枝を切ったりしている。
「ちょっと世話を休んだらこれだ。
――あ、お前……庭木の振りすんな。」
雑草を引っこ抜く。
まだ日は長い時期だが、それでも空はどんどん暗くなる。
ランタンの光でしばらく奮闘していたフィーネだったが、
袋をしばって立ち上がった。
「かなり綺麗ンなった!」
花や野菜を育てているわけでもない。
家を縁どる、宿根草や低木だけの庭。
しかし、その素朴な統一感は、どこか妖精の棲み処のような雰囲気を醸し出していた。
***
ランタンを手に、鼻歌交じりに家の戸を開けたフィーネ……
――が、次の瞬間、腰を抜かした。
「ウワァ――!!!ド、ド……」
「騒がしいな。」
食卓の椅子に、悠然とドルチェが座っていたのだ。
「テメェ、なんでここにいンだ!!どうやって…どうやって…!!!」
「貴様の後ろをついて来た。
――貴様が庭にいるから、中で待っていた。」
ハァ?
――俺は15キロを40分程度で走っている。
――ついて来ただと?
フィーネはドルチェを睨みつけながら起き上がる。
「大体、余りに隙が多いな、貴様は。
私は堂々と家に入って、お茶まで飲んでいる。」
「アァ!それは、ラルゴ課長からもらった高級な……」
と言うなり、飛び上がったフィーネはドルチェを締め上げ、
耳元でギリギリと歯ぎしりしながら囁く。
「テメェ……人んちまで押しかけてよォ、何の嫌がらせだよ。」
「なぁに、この程度の茶くらい、今度、箱で進呈する。」
「そういう問題じゃ、ねェ!」
さらに締め上げようとした瞬間、
肘で強烈にみぞおちを攻撃され、フィーネは腕を離す。
「庭で心を清めたのかと思ったが、五月蠅いままだな。」
腹を抱えて、ドッと椅子に腰かける。
ドルチェも首元を押さえて荒い息をしている。
「テメェ、何しに来た……」
「しばらく泊めてくれ。」
「…………ア?」
みぞおちの痛みが一瞬で吹っ飛ぶ。
「宿泊していたホテルに追い出されたんだ。」
「……なんで?」
「女の喘ぎ声が少しばかり大きかったようだ。」
「馬鹿じゃねェの?」
思わず大声が出た。
笑いまでこみ上げてくるが、必死に抑える。
「いや、別のホテルに泊まれよ。」
「経費で落ちない。却下だ。」
「テメェにのぼせてる女性職員の……」
「セクハラに当たる。却下だ。」
「ラルゴ課長の……」
「却下。」
「早ェな。」
「なあに、数日間だ。」
「訳分かんねェ……」
「御礼に、朝、庭の落ち葉を集める。」
「ア――――!!!」
フィーネは頭を抱えた。
「なんだ、テメェ!なんなの!?
もう、好きにしろよ!!!」
「ついに承認が下りたな。しかも無制限だ。
――では、早速シャワーだ。」
ドルチェは立ち上がる。
「ああ、貴様もその後に入れよ。
汗臭い男が部屋にいると、私が病気になる。」
と、口を開けたままのフィーネを置いて、さっさとシャワー室に消えて行った。
シャワー室から聞こえる、軽快な水音と人の動く気配。
フィーネは、妙にむず痒い思いがして、
ドルチェがカップに残した高級茶を一気に飲み干し、
勢いよく、部屋の片づけをし始めた。




