窓口の高官
翌日。
役所のホールは感嘆のため息に満ちていた。
――窓口の一つに、ドルチェが座っていたのだ。
***
「光栄ですが、遠慮します。」
フィーネのよく通る声が響く。
「まあね、そりゃ、昨日の今日じゃやりにくいとは思うよ……
でも、これは正式な依頼なんだ。
ドルチェ様に一日窓口を体験していただくっていう……
ね、私の顔を立てると思ってだね……」
ラルゴ課長が拝むように言う。
フィーネは隣に立つドルチェを肘でつつく。
「テメェも何とか言えよ。
股間を蹴った人とは恥ずかしくて話せません、とかよォ。」
「黙れ、童貞。自分のブツを使ってから言え。」
「テメェ……デケェ声で晒すなよ!
あー、皆様!
こちらの美丈夫、出張先で地方のレディを味わ……ゴフゥッ」
ハンカチを口に突っ込まれるフィーネ。
課員は皆、顔を覆ったり、急に机の下の整理を始めたり、
必死に笑いを堪えている。
「いやもう、大変美しいハンカチですね。
良かったねぇ、フィーネ君、
こんなハンカチを突っ込まれて……」
迷走した、必死のラルゴ課長のとりなし方に、
ハンカチを突っ込まれたまま、フィーネは諦め顔になる。
「ふぁいふぁい、わありまひた、こっひにきへくあらい。」
フィーネは、自席から立ち上がると、執務室の狭い通路を並んで歩く。
「テメェ、デケェんだよ。後ろを歩け。」
「ご主人様が前だ、赤犬。」
窓口に案内すると、ドルチェを椅子に座らせる。
「窓口が開くまで後十五分だ。
それまでにこの窓口でやる業務を覚えろ。」
フィーネは手短に業務を説明し始めた。
意外なことに、ドルチェは全く軽口を言わなくなった。
フィーネの説明の一つ一つに耳を傾け、メモにペンを走らせている。
最後に必要な質問をいくつかし終えたドルチェは「了解した。」と短く言う。
監視役として後ろに座ったフィーネは、
「この窓口で問題起こして、さっさと花の都に……」
と言い掛けて、グッと飲み込んだ。
ドルチェが、
愚直にメモを確認し、ハンコの位置を確かめ、
居住まいを正し、
取り出しやすいようにペンを手元に並べていたからだ。
――そして、窓口開始時間になった。
***
そこからは、ドルチェの独壇場だった。
ドルチェはその持てるもの全てを使いこなして、
面倒な人間が多いこの役所の窓口を見事に捌く。
(中央高官の綺麗な男が、こんなに全力で、田舎の窓口をやるか?)
フィーネは軽口一つ叩けずに、後ろから見守っていた。
途中からは自席に戻ったが、チラチラとドルチェの背中や横顔を見る。
(昨日、俺に力を貸せと言ってきたのは、
冷やかしだったのか?)
リリリリリリリリリリーーーン
昼の鈴が鳴り響き、窓口はいったん閉まる。
早速女性職員たちがドルチェに声を掛ける。
「ドルチェ様、お昼を御一緒しませんか。」
ほんの一瞬、ドルチェはフィーネの方を見た。
が、すぐに優美な微笑みを浮かべた。
「もちろんです、Signorina。
ぜひ、皆様とご一緒させてください。
――実は私も皆さんとご一緒したいと思い、
ホテル・ベルモンドのランチをこちらにデリバリーしているのです。」
ホテルのボーイたちが部屋に来て、
空いた机に豪華なランチを手際よく広げる。
ワァッと歓声が上がり、他の職員も集まって、笑顔でドルチェとランチを囲む。
立ち上がったラルゴ課長が声を掛ける。
「フィーネ君も行こう。
――ドルチェ様は、股間を蹴られたくらいで気にしないよ。」
フィーネは煙草を咥えたまま、課長に答える。
「高官の股間も器も大きいって、そりゃ目出てェ話で。
俺は仕事あるんで、課長は行ってください。」
課長が去って行くと、
フィーネはドルチェの方をチラリと見た。
誰にでもにこやかで、優雅で、丁寧。
職員たちは、昨日の騒ぎも「可笑しな一コマ」と受け取り、
和やかにさざめいている。
なんだ、アイツの、
俺に対するあの剝き出しの荒々しさは――?
俺は昔、
――アイツに何かしたのか――?
***
急に目の前に、食べ物が突き出された。
「お?」
プレートに盛られた美味そうな御馳走。
見上げると、ドルチェが差し出している。
「俺の?」
反射的に受け取ってしまった。
「貴様の分だ。」
「お、ありがとう。」
(ヤベェ、普通にお礼を言ってしまった――!)
フィーネが内心慌てている中、
ドルチェは背を向ける。
「貴様だけが食べないとなると、私が差別しているようだ。
空気を読め、ぼんくら。」
焦りは一瞬で消え、フィーネは息を吹き返した。
「さっさと行けよ、飯がまずくなる。」
――その後、フィーネは一人で極上のランチを頬張り、
笑顔で女性の目を覗き込むドルチェを遠くに見ながら、
ぶつぶつとぼやいた。
「十分、差別してんじゃねェか……」




