↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
51/51

貴様の目は美しい

休み明けの庁舎は騒然としていた。


「見た?」

「見た!」

「何を?」

「見てないの!?」

「そりゃ早く……あ!ほら、フィーネさんだ!」


廊下を歩くフィーネの周りに、人だかりができる。


「おーん?何?」


「その、ひ、左手のリング……」


「も、もしかして……」


「おん?これ?」


フィーネはスイと左手を上げる。


「ほれ。」


「いやいやいや!」


全員が前のめる。


「だから、フィーネさんは、その、けッ、けッ……」


「ケ……ケツ!?」


「違います!!」


なぜか赤くなっているフィーネに叫ぶ職員たち。


「結婚したんですか?ってことです!」


「ああ……」


フィーネはホッとしたように呟くと、

目を閉じて、左手の薬指のリングに愛おしそうに口づけする。


職員たちは、固唾を飲んでフィーネを見守る。

フィーネは青く輝く目をゆっくり開けると、優しく微笑んだ。


「生涯共にいることを誓ったぜ?」


膝から崩れ落ち、真っ赤になる職員たち。


――その仕草と言葉が、

しばらく庁舎中の語り草になったことは言うまでもない。


***


「じゃあ、会議は終わり。お疲れさん!」


【都市計画課】と書かれた扉の中で、職員たちがざわめきながら席を立ち始める。


「いやあ、それにしても、フィーネさんにお相手がいたとは……ねえ?」


「本当!ここ一年で一番驚きましたよ。」


「お前ら……俺をなんだと……」


「顔だけなら、フィーネさんってお姫様と結婚できるレベルですよね。」


「ほんと、それ!」


「でも、イメージ的に、フィーネさんのお相手さんって肝っ玉母さんの気がする。」


「おい……」


「ああ、分かる。広場の焼き栗売りのおばちゃんみたいな……」


「そうそう!ドンとした体格で、十人くらい子供産めそうな……」


「おいって……」


「二人で元気に言い争って、フィーネさんがお尻に敷かれてるよね!絶対!」


「おい!ちげェって!!」


とうとうフィーネが声を上げる。


「俺の相手はな!スゲェ綺麗なんだ!

ケツには敷かれてる……かもしれねェけど、

スゲェ……

スゲェ綺麗で、

スゲェ……全部綺麗なんだぞ!

お前ら全員、目ん玉ひん剥くくれェ綺麗なんだ!」


「何が綺麗なんだ?」


その場の全員が立ち上がる。


「ドルチェ代行!」


「フィーネさんの惚気を聞いていました。お相手はすごく、全部綺麗……」


「ハイハイハイ!!代行!次のご予定に参りましょう!」


フィーネの慌てぶりを見て、職員たちは笑いをこらえながらも声を掛ける。


「ハネムーンの予定はないんですか?」


「ハネムーン?そんなもん……」


言い掛けて、一瞬唇を噛む。

ドルチェと旅行に出ることを想像したときもあった。

でも、同じ視界を共有できないこと、介助されることで、ドルチェが苦しむのではないか――

そう思って考えないようにしていたのだ。


「じゃあ、代行、次の……」


「ああ、皆さん。」


次の予定に案内しようとしたフィーネを、ドルチェが遮る。


「我々が再開発の参考にしているマレディルチェで、

今度、官民共同の大きなイベントがあるのですが、その市長から招待を受けました。

来週、二泊三日で視察に行って来ます。」


「おお……!マレディルチェ!」


青い海、白い建物、美しい遺跡を有する隣国の観光都市だ。


「遺跡周辺の景観保全、歩行導線、地域経済……

たくさんの知識を持って帰ってきます。

……もちろん、美味しいお土産もね?」


皆から温かい笑いが漏れる。


「カーポ君。」


一度は行ってみたいと思っていたマレディルチェの街並みを思い浮かべていたフィーネは、

ドルチェの声にハッとする。


「ハネムーンの話だったところを悪いんだが、

君も代行補佐として同行してもらうよ。」


フィーネは一瞬ポカンと口を開けたが、次の瞬間には、

耳まで真っ赤に染め上げて部屋を走り出て、

庁舎の階段を上から下まで何往復もして飛び跳ねまくった。


***


「いや、本当に素晴らしいな、この街は……」


夕暮れ、マレディルチェ市長が用意してくれた、白い漆喰の美しいホテルのベランダで、

ドルチェはため息をつく。


「非常に参考になるが……そのまま引き写しても……あれは……アマデウスでは……」


仕事のことで頭が一杯らしいドルチェをしり目に、

フィーネは、潮風を受けながら、群青色の海を見つめる。


この素晴らしい景色をどう伝えようか。


「フィーネ?」


振り向くと、ドルチェが白杖を使ってこちらに歩いてきている。

フィーネが手を取り、ドルチェをベランダの石造りの手すりにもたれさせる。


「潮風がいい――なあ、フィーネ?」


ドルチェは胸いっぱいに深呼吸して笑う。


「会食は丁重にお断りしたから、二人でゆっくり食べよう。

うまい貝料理があるらしい。」


「そりゃいいな。俺は地元の酒も飲むぜ。」


「私も……」


「ゼッテェ、だめ!」 


――幸せだ。


――過去と訣別し、悲劇と折合いをつけ、前を向く、この男のことを、

俺は、

俺は……


言えない言葉を飲み込んで、

そっとフィーネは部屋に戻り、鞄から小さな箱を取り出す。


箱からリングをとると、目の前で確認する。


――Ai tuoi occhi


ちゃんと刻まれている。


もともと皮膚が冷たい悪魔なのに、さらに冷たくなっている気がする。


(こっちは潮風どころじゃねェ。)


フィーネが深呼吸をし、ベランダにいるドルチェを見ると、

ドルチェがこちらを向いている。


「フィーネ。」


ドルチェがフィーネを指差す。


「私が指を差している方にも、海があるのか?」


「え?いや、ねェけど……」


「そうか……いや……」


そう言いながら、フィーネの方に瞬きもせずその目を向ける。


「あちらに青い光が見えた気がしたんだ。

貴様の瞳のような青い光が……」


フィーネは目を見開く。


「フフフ……まだ見える気がする。

二つの青い光と小さな銀色の……」


その瞬間、フィーネは、一足飛びにドルチェに近づき、

自分の目をドルチェの目に近づける。


「ドルチェ……今もまだ見えるか?」


「ああ、今は、全部が青く見える気がする」


フィーネはリングをドルチェの目の前に掲げる。


「今は?」


「そうだな、光が見える気がする――光が。」


「ちょっと来い!」


フィーネは灯りの下にドルチェを連れて行き、

ドルチェの目を覗き込む。


「あ……」


フィーネの唇が激しく震える。


ドルチェの白い目の中央に、微かな紫色の円が見えるのだ。


「ドルチェ!ドルチェ!それ、リングだよ!

俺がオメェに渡そうと思ってるリング!」


「え?なんだ?おい、整理しろ、小役人が!」


「整理できるか、クソ紫!」


「もう紫ではない!」


「ああ、ちげェよ!

だから、だから、オメェ、ちょっと見えてきたんじゃねェかって!」


「え?」


ドルチェは一瞬固まったが、ゆっくりと三、四歩前に歩くと、周りを見回した。

そして、ピタリとフィーネを指差す。


「青い光が二つある――貴様はそこか?」


「大当たりだ!」


フィーネはドルチェに飛びついて、

滝のようにキスの雨を降らせ、思い切り抱き締めた。


ドルチェの左手の薬指にリングを嵌め込み、

そのリングにもキスの雨を降らせ、またドルチェを力一杯抱き締める。


そして、絞り出すように耳元で囁いた。


「幸せはここにある。

――もう十分だ。


俺たちを取り巻く、これまでの全ての憎悪に終わりを与えよう。」


フィーネはドルチェの頬を両手で挟んで、静かに言った。


「――終局(エンデ)だ。」


ドルチェはゆっくりと頷いて、自分もフィーネの頬を両手で挟んだ。


「ああ……やはり……


貴様の目は……


――美しい。」












(完結)


R18版はムーンライトノベルズ(https://novel18.syosetu.com/n2839mt/)へ

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。