二人の幸せ
「おい、貴様……声を出さんのか……」
「声……?」
「いや……いい……」
ドルチェは前屈みになると、フィーネの首筋に鼻をつけ、口づけする。
「甘い匂い、汗……もうこれだけでいい……」
そのドルチェの声に、
羞恥と快感の狭間で歯を食いしばっていたフィーネは、
喉の奥に針が刺されたように感じた。
見えないのだ。
ランタンの灯りに照らされる、
ドルチェの乱れた髪、
汗ばんだ額、
少し開いた唇、
寄せられる眉根、
時折固くつぶる白い瞳、
――自分は、それを目にして激しい悦びに身を委ねていたのに……
――夢じゃないと噛みしめていたのに……
(ドルチェは俺が見えてねェんだった……)
「ドルチェ、ドルチェ……」
フィーネは、脇をクンクンと嗅いでへそに進もうとしているドルチェの顔を挟み、引き上げる。
「分かんねェんだ……俺、童貞だったから……
こんなに……大事にされるとか、知らねェし……」
フィーネは、自分の鼻でドルチェの鼻をつつく。
「オメェがスゲェ綺麗で……
スゲェカッコ良くて……
ハハ……俺、何言ってんだろう……」
気付けば目から涙が溢れ、フィーネはしゃくり上げた。
――ここにドルチェがいること、この幸せは夢じゃない。
――でも、あの紫水晶の瞳をもう一度、俺は見たかった。
この時間を、見つめ合って過ごせたなら……
――でも……
――ドルチェこそ、何一つ泣き言を言わないこの青年こそ、
どれほど、
どれほど……
青い瞳を、彼が美しいと見つめ続けたこの瞳を、
どれほど見たいと思っていることだろう。
「どうして泣く?痛いか?」
ドルチェはゆっくりと抜いて、フィーネを優しく抱き締める。
「絶対に無理はさせない。
私はもう、十分に幸せなんだから。」
その瞬間、フィーネはドルチェの額に頭突きした。
「な!?」
驚いて腕を解くドルチェの隙をついて、フィーネは下に潜り込んだ。
「待て、待て、フィーネ!」
「ドルチェ、よく聞け。」
フィーネは強く静かな声で言う。
「痛いときに、俺に言うのは当然だ。
でも、気持ちが良いときも必ず言えよ。
――これは、俺の命令……わかったか?」
「わ、わかった……」
「じゃあ、私のご主人様、
この後、貴方が気持ち良いように、私にご指示ください。
今この時が夢じゃないと、必ず、二人で確認しましょう。
――ね?」
ドルチェは、顔を林檎のように赤らめ、陶酔したように呟いた。
「分かったよ、私の従者……」
――
――庭の奥に墓穴が掘られている、林の白い家を、
銀の月光が照らしている。
月が沈み、空が白んでも、風のない冷たい林には、
二頭の獣の美しい唸り声が流れていた。
***
「外は明るいのか?」
「おお、9時過ぎだ。」
二人は枕やクッションを重ね、半分上体を起こして、ピッタリと寄り添っている。
「なんだ、まだ続きができるじゃないか。」
「エロ白髪!!」
心の中では押し倒されたいと願っている自分がいる。
でも、悪態をついてしまう。
――次に約束したときに会える保証なんてないのに。
いつまでも見つめられると信じていた紫水晶の瞳が、
あの日、失われたように。
「フフフ……」
急にドルチェが覆いかぶさって来た。
「お前は分かりやすい。」
「エッ!?俺、言った!?オメェ、なんか見えてんの?」
「ハッハッハッ!」
ドルチェが若々しい笑い声を上げる。
「分かるさ。
汗、匂い、筋肉の緊張、息、唾を飲み込む音、
それに、非常に明確な欲望の計量器もある。」
ドルチェは、羞恥で顔を覆っているフィーネの手を掴み、左手のリングに口づけする。
「夢じゃない……今、この幸せは、
――夢じゃない。」
明日、最終話です




