ぺしゃんこのサンドイッチ
一番星が輝く紫色の空の下、
白い家の庭で、ランタンの光と冷たい空気の中、
フィーネとドルチェは落ち葉を集めていた。
「スゲェ綺麗になった。そろそろ入ろうぜ。」
手探りで落ち葉を袋に入れていたドルチェの腕をとり、
フィーネは暖炉の火がパチパチと燃える暖かい部屋に入る。
しばらくすると、小さな煙突から、柔らかい夕食の匂いが林に流れる。
フィーネが浴室から髪を拭きながら出ると、
先にシャワーをしたドルチェが、
紙袋に入った焼き栗やアマレッティ、
ハムの塊などを器用に食卓に並べている。
濡れた髪の束が落ちる顔、
見えないはずのグラスを優美に並べる仕草、
簡素な服に浮き出る均整のとれた体つき。
食卓のランプに照らされたドルチェの姿に、フィーネは目を奪われてしまう。
フィーネに気付かないまま、ドルチェは手探りで別の紙袋を取り上げて――
「オメェ、あの親父のサンドイッチを買ったのか?」
「ま゛!」
急なフィーネの問いかけに、ドルチェは紙袋を取り落としそうになっている。
「愛想はワリィけど、味はいいんだよなァ。
奥さんが腰を悪くする前は、奥さんが前に出ててさァ、ましだったんだ。」
そう言いながら、フィーネは椅子を引いてドルチェを座らせ、
自分も席に着く。
「食おうぜ!」
ドルチェは炭酸水のグラス、フィーネはリモンチェッロの瓶をそっとかち合わせる。
「この一週間……色々大変だったが、今は忘れよう。」
ドルチェは少し姿勢を正して、膝の紙袋を持ち直す。
「フィーネ、あ、あのな……」
「ハハ、大変だったかもな――ほれ、豆とマカロニとファルファッレ……」
食卓の中央にある鍋の蓋をフィーネが開けると、湯気がふんわりと広がる。
「ああ、いい香りだ。塩もきいてるな。」
「好き過ぎるだろ、塩!
ハッハッハッ!オメェ、塩と結婚しとけよ!」
サッと青ざめるドルチェに気付かず、フィーネは鍋から皿に取り分ける。
「手前に置いとくぞ!オメェの塩のお姫様。」
皿を置こうと腰を浮かせると、ふとドルチェが持つ紙袋の中身がフィーネの目に入った。
「おん?オメェ、またあの親父にリボン掛けさせたのか?
あの親父だもんな、想像できねェ。
貸せよ、皿に出すから。」
「クソが……」
「アァ?急になん……」
「うるさい!小役人が!!」
ドルチェが立ち上がって、食卓にサンドイッチを叩きつける。
豆やマカロニが辺りに散らばる。
「ハァァ?テメェ、喧嘩売って……」
「人が……人が……」
震える声にハッとしてフィーネがドルチェを見ると、
ドルチェの顔は青ざめ、ひきつっている。
「塩?
結婚?
姫?
――人が、必死に、親父にリボンを……」
それ以上は続けられずに、唇を噛む。
「おい、オメェ、泣いてんのか?」
「泣きそうになっているだけだ!」
「サンドイッチのリボンで泣くんじゃねェ!!!」
フィーネは憤然と立ち上がり、リボンがかかったサンドイッチをとると、
ドルチェに渡そうとした。
「たかがリボンで……」
そのリボンに添えられたものを見た瞬間、フィーネは目を見開いた。
心臓のない左胸から、何か分からないものが身体中を駆け巡り、
頬が燃え立つように熱くなる。
「おい、なぜ黙っている?何を見ている?」
ドルチェが不安そうな声を上げ、フィーネのいない方向に手を伸ばす。
フィーネはその手を引っ掴む。
「いや……リボンの……
リボンに……その……リン……」
「ああ!待て!
言うな!
待て!
貸せ!
サンドイッチを貸せ!」
慌てて一歩踏み出したドルチェは、机の脚に引っ掛かって、前につんのめる。
支えようとしたフィーネの手の中のサンドイッチは、
ドルチェの手との間でぺしゃんこになった。
「あ……」
ドルチェは、ぺしゃんこのサンドイッチを握ると、ドサリとその場に座り込んだ。
つられてフィーネも座り込む。
「ドルチェ……」
名を呼んだものの、言葉が続かない。
ドルチェが呟く。
「返事は……聞かせてくれないのか?」
「へん……返事って?」
「ハァ……駄目だ……」
ドルチェはぺしゃんこのサンドイッチを持った手で膝を抱え、がっくりとうつむいた。
やがて、落ち込んだ声で話し出す。
「調査が終わって、首都に帰っただろう?
その後、私は……
――この州に戻ろうと必死だった。
どんな地位でもいいから……」
ドルチェは膝を固く抱えて、小さな声で言う。
「会いたかったんだ――貴様に。」
フィーネは、胸が引きちぎられそうになる。
「――あるとき、通りで見たんだ。
そのリングを。
――私には縁のないものだと思っていたんだが……
私が、貴様の指に、そのリングを嵌める光景が浮かんだんだ。
思わず走り出してしまった。」
ドルチェは膝の間に頭を突っ込んでいるが、
覗いて見える耳ははち切れそうに赤い。
「夜だったのに、何もかも光っていて、
私は何も考えられなくて、とりあえず汽車の駅に行って、
しばらくウロウロしていた。」
フィーネの青い目は潤み、
その瞼には、自分が買った首都行きの切符が浮かんでいた。
ドルチェと別れて、ただただ苦しかった日々も。
「気付けば、また店の前に戻っていて、
気付けば、店の者に説明していた。
指の太さは私と同じくらいだが、節は大きいとか。
ああいう時間は、最高だな。
フフフ、初めて知ったよ。」
――とうとうフィーネの目から涙がこぼれ落ちた。




