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鍋と銃声

ドルチェは微かに呟いた。


「父がもういないとしても……明るみに出そうと思わなかったのか?

ダル・セーニョの行為は重大な犯罪だ。

中央警備庁に……」


「真っ平だね。」


レジェロは曇った目を真っすぐドルチェとフィーネに向け、別の葉巻に火を付ける。


「ダル・セーニョは、両親のいない私を引き取って、

自分の息子と共に、息子と同じように育てた人間だ。

それが、自分の操り人形になる官僚を造るためだとしても……

私の親父だ。」


「ハァ?」


フィーネが葉巻を叩きつけて立ち上がった。


「じゃあ、赤ん坊から俺を使役するために飯を食わせたダル・セーニョは、

俺の親父でもあんのか!?」


「無茶な論理をかざすなよ。

課長から降格するぞ?ん?」


「クソ狸!貴様らのせいで、俺は、ドルチェの……」


と、その瞬間にソファに座っていたドルチェが、

「ウジウジうるさい!」と叫んでフィーネの尻を蹴り飛ばす。


姿勢を崩したフィーネは、

さっき叩きつけた葉巻にまともに手をついた。


「アッチィな、おい!!」


フィーネは、蹴り飛ばされた尻でドルチェの顔面に突っ込み、

そのまま座って高笑いする。


「ハハハハ!ザマぁ!エロ白目のケツサンド!

……ってェ!!!」


尻を力一杯ドルチェにつねられて、フィーネは飛び上がる。

ドルチェも立ち上がった。


「黙れ、赤鬼!レジェロが喋っているのに!

肝心なことが聞けないだろうが!」


「ハァ?それで蹴るわけ?

さすが、話が進まねェだけで俺の胸を吸いまく……ウグッ」


ドルチェの強烈なパンチがみぞおちに決まる。

ドルチェは、部屋の端を向いて、優美に微笑んだ。


「大変失礼しました――所長、お話しの続きを。」


レジェロは呆気に取られて、葉巻から灰が落ちるがままになっていたが、

ドルチェの声にハッとする。


「ああ、素晴らしい寸劇で何もかも忘れてしまった。

――君たちはいいねえ……本当に。」


細く煙を吐きながらレジェロは続けた。


「でも、お話はもう終わるところだ。

二年前くらいにタレコミがあったと言っただろ?

でも、誰が動きの中心なのか掴めなかった。

最初は中央警備庁かと思ったんだが、あそこもダル・セーニョの言いなりだから、白。


――でも、どうもアマデウス州が臭いってことで、

カーポ君が送り込まれたわけ。」


「おい……俺は今の首相シーミレの暗殺計画だっつって、ここに来たぜ。」


「可哀そうなカーポ君。」


レジェロはモクモクと煙を吐き出す。


「君はいつもそういう風に使役されていた。

目的も正確に知らされず、命じられる。

だから、モレンドのときも、オッターヴィオのときも、君は何も知らないはずだ。

――そもそもそのときは十二歳やそこらでしょ。」


「聞いたか、小役人!貴様は悪くないと、レジェロも言っている!」


ドルチェは隣に座るフィーネの背中をバンバン叩く。


「ハッハッ!その通りさ。

カーポ君が悪いなら、悪人が食べるパンまで罪人だよ。」


レジェロは葉巻を置いた。


「もちろん、私も、ダル・セーニョを嗅ぎ回る犬を探すよう命じられていた。

でも、積極的に探さなかった。さすがにねえ?探しているふりはしたけど。


――そしたらびっくり。

ドルチェ君がフィーネの調査に来ただろ?

ダル・セーニョの息がかかった奴が、私に報告してきたわけ。

オッターヴィオ・ドルチェの息子オクタヴィアが、暴露の中心人物だと思われるってね。

さあ、大変だよ。私は探してないのに、勝手に情報が飛び込んできた。」


言葉とは裏腹にレジェロは虚ろな目になっている。


「放っておいたら、いずれダル・セーニョに伝わって、下手をすれば殺される。

だから、私から伝えた。ダル・セーニョに。」


「なんて……伝えたんだ?」


フィーネが思わずドルチェの手を握って問いかける。


「可能性は低いが、オクタヴィアが関与しているかもしれない。

念のため家探ししてみよう。

何か出てくれば、私が尋問して、今後は吠えないよう飴と鞭で調教する。

特に何も出て来なければ、オクタヴィアの線は消える。ただ盗っ人が入ったことにすればいいってね。」


ドルチェは苦笑いするように呟いた。


「やれやれ、そのときに、私がうっかり帰ってしまったわけだな。

いつもより早く。」


「そして、ダル・セーニョの飼い犬が狂犬だったんだな。」


フィーネは土気色になって、ドルチェから手を離した。


「まさか、鍋?……俺が鍋を返せって言って……オメェが取りに帰ったから……」


「ハッハッハッハッ!!!」


ドルチェが急に大声で笑い始めた。

フィーネとレジェロが唖然とする中で、笑いが止まらないといった風で、

一人で身体を折り曲げて笑っている。


「おい、ドルチェ、大丈夫か……」


「鍋だ!鍋なんだぞ、フィーネ!ハッハッハッ!」


「まあ、鍋……鍋に着地したのは……ヘッヘッ……ヤベェ、クソ面白ェ……」


ドルチェとフィーネは、とうとう二人一緒に、声を上げて笑い出した。


「紛争の根っこなんて大体そんなもんだ。

カーポ君の【終局】は、そういう根っこを消す力――

ドルチェ君ならきっと……」


レジェロはゆっくり立ち上がると、まだ肩を叩き合って笑っている二人に近づいた。


「私の話は、終局(エンデ)だ。」


次の瞬間、ドルチェの脇の拳銃を引き抜いて――




人気のない庁舎に、


一発の銃声が響き渡った。




完結済長編『神鼠の大王は猫を愛せない―僕を食べようとする猫の少女に恋をした』も公開しています。

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