君はもう隣にいない
レジェロは絨毯に座ったまま、呟くように言う。
「昔話をするほど年食ってもない。
言い訳をするほど腐っていない。」
疲れた笑みを口端に浮かべ、ドルチェとフィーネを振り仰ぐ。
「私が、ダル・セーニョにドルチェ君の動きを報告した。
――その事実だけではだめか?」
「駄目に決まってンだろ!」
即座にフィーネが言う。
「なぜ、傷つけられたのか……
何も知らずにいられるか!クソ狸!」
「いいねえ、カーポ君は……
オクタヴィアの素晴らしい友人であり、
契約の相手方であり、
……恋人だ。」
『こっ…!!』
思わず二人は身を離す。
「うるせェ!黙れ!こっ…恋…こい…
コイ……ツ……は……」
「ハイハイ……」
そう言いながらレジェロが立ち上がった瞬間、
フィーネの左胸から伸びた黒い茨の蔦が数本、レジェロの頭や喉に突き刺さる。
「クソ狸、バカ所長……俺の力を舐めくさりやがって……
俺の【終局】は憎悪を食う……そのもとになる、恨みも妬みも、後悔も無念も」
レジェロの目が虚ろになる。
「レジェロ……
なぜ、テメェがダル・セーニョに密告したのか、
なぜ、ドルチェが襲われたのか、
キッチリ説明しやがれ。」
牙を剥いたフィーネの青い瞳が爛々と輝く。
すると、レジェロが虚ろな目をフィーネに向けた。
「分かった……
それなら……【終局】を解いてくれ……
どうせ話すなら……
自分の意思で……話す……」
「【終局】……?」
ドルチェがビクリと身を震わせた。
「貴様は今、【終局】を使っているのか……?
命じないでも……力を使えるんだな?」
ドルチェは手を伸ばして、フィーネの身体や翼をさする。
「……良かった。」
ドルチェの安堵の声に、
目を尖らせていたフィーネは、急に気が抜けた顔になる。
「何が良かったんだよ……」
「お前の裁量が広くて安心したんだ。
――まあ、今はいい。
フィーネ、レジェロへの【終局】を解除してほしい。」
その瞬間、レジェロを貫いていた黒い茨がフィーネに戻り、
フィーネも元の姿に戻っていく。
レジェロは二、三歩よろめくと、どっとソファに腰を下ろした。
「どうぞ、お掛けくださいよ。」
レジェロは葉巻に火をつけ、
腰を掛けたドルチェの手に葉巻をトントンと当てて差し出す。
ドルチェは少し首を横に振って、フィーネの方に葉巻を寄せる。
フィーネは葉巻を受け取ると目線だけで火を付ける。
「手品を見ているようだねえ。」
「今さら、馬鹿じゃねェの?」
フィーネは呆れたように煙を吐き出す。
ドルチェは黙っている。
レジェロは、ドルチェの白杖に目を落とした。
「タレコミが来た。
十年前のモレンド暗殺事件の真相を暴く動きがあるとね。
二年前くらいかな?
ダル・セーニョ近辺は大騒ぎだよ。
今のシーミレ首相の次の政権を狙ってるわけだし。
そして……」
レジェロは葉巻を置いて、一瞬黙ったが、絞り出すように続ける。
「実際、モレンドを暗殺したのはダル・セーニョだから。」
「おい、レジェロ。はっきりさせてェことがある。」
フィーネが切り出した。
「十年前も、俺はダル・セーニョから命令があれば、人の憎悪を食ったり、食った憎悪を人に注いだりしていた。あれの中に……」
「残念ながら、モレンド暗殺に関連することも入っていると思う。」
「ドルチェの親父さんのことは……」
レジェロは分からないというように首を傾げ、放心したように続ける。
「十年前、オッターヴィオが暗殺犯だとされていたときは、
実際、多くの証拠らしい物が出ていた。
モレンドとオッターヴィオが言い争っていたとか、
モレンドの死体の近くにオッターヴィオのハンカチが落ちていたとか、
モレンドを撃った拳銃がオッターヴィオの持つ拳銃と同じ型だとか……
モレンドとオッターヴィオは首相の座を争っていたし、
私も、オッターヴィオが犯人だと思ってしまっていた。」
レジェロは、置いた葉巻から上る煙をぼんやりと見る。
「オッターヴィオと私は親友だった。
真剣なことより、馬鹿なことばかり一緒にやっていた気がするよ。
でも、この世界じゃ、権力闘争の中で人が変わることはおかしくない。
証拠が出てくる中で、私もオッターヴィオが犯人だということを疑わなかった。
親友だったことが――迷惑だとすら思った。」
レジェロの目は、【終局】を掛けられていたときと同じような虚ろさだ。
「アイツが死んだ後、自分が真犯人だと名乗り出た宗教団体の元信者がいただろ?
その元信者は名乗り出る前に、私に手紙を送って来ていた。
――オッターヴィオ様の自死で罪の意識に耐えられない。
――私は自首するが、おそらく獄中で殺されるだろう。
――貴方はオッターヴィオ様の親友とお聞きしているから真実をお伝えする。
――この暗殺はダル・セーニョが首謀しているという内容のね。
でもさあ……」
レジェロはうつむいた。
「なんだそれ、だよねえ。
他人に罪悪感を移植して、自分は獄中死つきの自首してさあ……
もう、私の隣に友人が戻ってくることは永遠にないのに。
私がオッターヴィオに謝ることだって……永遠にできないのに。」
9月16日完結予定です。後半は恋愛描写も濃くなり、二人の身体的な関係も進展します。
『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。
全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。




