銃口に悪魔
フィーネもレジェロも目を見開いて扉の方を向く。
そこには、白杖をついた、白い目のドルチェが立っていた。
その顔は耳まで赤く染まっている。
「フィーネ、大丈夫か!?何が起こっている!?」
午後の光を背に立ち、部屋の片隅に目を向けるドルチェは、
この黒い部屋には余りにもそぐわなかった。
「ドルチェ!!」
「ああ、そっちか。」
嬉しそうに微笑むと、白杖を使って歩き出す。
レジェロは葉巻を置いて、唇を噛んだ。
フィーネの喉の奥から詰まったような音がする。
見えないのだ。
分からないのだ。
この部屋で起こっていることも、
レジェロがいることも、
フィーネが悪魔の姿になっていることも、
――その澄んだ白い目には見えないのだ。
「い、今、貴様——わ、私を……えらく、その……」
照れて微笑むその美しい口元。
「レジェロはいないのか?
良かった――貴様が襲ったら本当に殺してしまう。」
白杖がレジェロに触れる。
レジェロは動かない。
「レジェロを襲うのは駄目だ、フィーネ。
あの男が、私のことをダル・セーニョに漏らしたとしても、
別にいいんだ――」
ドルチェは片膝をついた。
「レジェロは私を代行に留任し、貴様を代行補佐と課長にした。
――簡単なようで難しいのさ。中央との間に立って人事の調整をするのは……」
ドルチェは微笑んで手をレジェロの方に伸ばす。
「帰ろう、フィーネ。」
レジェロは目を見開いたまま固まっている。
差し出したドルチェの手がレジェロに届く前に、フィーネが横からドルチェの手を取る。
そして、片膝をつきドルチェの手にそっと口づけする。
「私のご主人様—―
貴方の名において、私にご命令ください。
私を縛る穢れた命令を打ち破り、貴方との契約を勝利させることを。」
ドルチェはその言葉に耳を傾けていたが、
手探りでフィーネの頬に手を当てると、分かったというように鼻先をつつく。
そして、フィーネの手を引き、共に立ち上がらせると、
脇から拳銃を取り出した。
あの日、墓穴の前で、フィーネに向けられた拳銃。
ドルチェは、その拳銃を片手で持ち、
まっすぐフィーネの額に向け、銃口を押し当てる。
「私の従者、フィーネ・ダ・カーポ。」
ドルチェの美しく静かな声が響く。
「我、オクタヴィア・ドルチェは、貴様と、気高き悪魔の契約を結びし者。
我は貴様の唯一の主。
我らが契約を、貴様を縛る全ての命令に優越させ、
我と――貴様を守り抜け。」
次の瞬間、フィーネの背中から、純白の美しい翼が出現し、
ドルチェを優しく包み込んだ。
その翼の音に気付いたドルチェが、ハッと顔を上げる。
「はい、私だけのご主人様。」
その純白の翼は、フィーネを取り巻く光の魔法陣を易々と破り、霧のように散らしていく。
「ああ……あの時と同じだ……」
(【終局】を発動して、多数の人間の憎悪を食らっていたとき、
ドルチェは、俺に纏わりつく憎悪を、
白いワイシャツを脱いで、叩きつけて、浄化していた。
この男の持つ全ての美しさと共に、俺は――)
翼に包まれた二人だけの空間で、フィーネはドルチェにそっと口づけする。
ドルチェは首を傾げて羽根を撫でる。
「これは、貴様の翼か?ああ……」
ドルチェは頬をすり寄せる。
「フフフ……触り心地も美しいんだな。」
「いつでも触らせてやる――オメェが望むなら、いつでも。」
フィーネは純白の翼を大きく開くと、
しっかりとドルチェを引き寄せた。
その瞬間、光の魔法陣が全て吹き飛び、
部屋に午後の光が戻って来た。
「オクタヴィア・ドルチェとの契約が、ダル・セーニョの命令権に勝利した。
ダル・セーニョ代理人レジェロ・スケルツァンド!
これをもって、ダル・セーニョの命令権は消滅する。
以後、いかなる命令も俺を拘束しないことを通告する!」
レジェロの手の中の所長印が、ゆっくりと白い霧のように消えていく。
「フィーネ、ここにレジェロがいるのか?」
レジェロが答える。
「ハイ、ずっとおりますよ。
今、カーポ君を縛っていた所長印が、風に溶けているんだよ。
手品を見ているようだ。」
ドルチェはレジェロの声の方に顔を向けた。
「なぜ……私のことをダル・セーニョに漏らしたんだ?」
レジェロはドルチェを見た。
しかし、その白い目に耐え切れないようにそっと目を逸らす。
「レジェロ、貴様は、ダル・セーニョがモレンドを暗殺したことを、
知っているんだろう?」
自分を支えるフィーネのひんやりした身体を感じながら、
ドルチェは静かに尋ねた。
「そして、私の父であり……お前の親友でもあるオッターヴィオ・ドルチェが、
罪を着せられ、死に追いやられたことも。」
9月16日完結予定です。後半は恋愛描写も濃くなり、二人の身体的な関係も進展します。




