悪魔の左胸
フィーネは声にならない声を上げ、大きくのけぞった。
「この辺りだったな?タトゥーの中心は……」
ドルチェは、左胸をゆっくりと歯でこする。
そこに息づいているはずの鼓動はないが、冷たい筋肉の山は固く、厚く、弾力がある。
「教えてくれ……どこだ?」
「もう少し……左……そ、そこ……ああ……」
フィーネの押し殺したような声にゾクリと身を震わせると、
ドルチェはその部分に大きくかぶりつき、吸い上げる。
フィーネは激しく身を震わせる。
「やめろ……やめてくれ……ドルチェ……ドルチェ……!」
ドルチェは音を立てて吸い上げながら、夢中で言い放つ。
「やめるものか!貴様が……」
「う……あ……」
フィーネがドルチェの髪を掴んだが、ドルチェは止めない。
「貴様が、自分を責めている間は!」
「分かった!ドルチェ!分かったから!」
ようやく、ドルチェは口を離し、フィーネも床に転がる。
荒い息のまま、ワイシャツの袖で口元を拭う。
「フィーネ……どこにいる?」
「ここ……だ!!!!」
座り直したフィーネが、猛然とドルチェに突っ込んだ。
二人は床に音を立てて倒れる。
「クソ小役人!
貴様は手加減を知らんのか!」
「うるせェ!
エロ代行!
エロねずみ!
エロ白髪!!」
フィーネは頬を林檎のように火照らせて、両手の拳でドシドシとドルチェの胸を叩く。
「なんだと?
貴様がウジウジと!私がいいと言っているのにウジウジと!
話が進まんだろうが!」
「話を進めるためだァ?
そんな理由で人の……じゃねェ、悪魔のタトゥーを噛む奴がいるかよ!」
「ここにいる!」
ドルチェは、まだ拳を叩きつけているフィーネを蹴り飛ばす。
「ってェな!アホンダラ!」
「アホンダラは貴様だ!!」
ドルチェはアイマスクをかなぐり捨てて立ち上がる。
「私を引き取ったスケコマシの女は、
ダル・セーニョの死んだ盟友の未亡人だ。
私は、閨の中で情報を仕入れたし、必要であればその未亡人を利用した。
ダル・セーニョの醜い所業を世に晒すために!
――私の……失われた幸せの復讐のために……」
光を感じない白い瞳は、窓から差し込む日光を真正面から受けても避けることはない。
それが――神話の神のような目線となってフィーネの方を向いていた。
「だから、私は、貴様の調査を命じられたとき、
これは天の与えた—‐地獄のチャンスだと思った!」
フィーネは茫然とドルチェを見る。
そう……最初に会ったときから、喧嘩を売るようなドルチェの態度。
それは当然だったのだ。
父母を死に追いやり、
青春を肉欲に堕とした所業の一端を担った悪魔に直面したのだから。
なのにコイツは……
いつも俺に……
ドルチェは、茫然としたフィーネに気付かずに続ける。
「ダル・セーニョの罪を暴き、その所業を、私の父がされたように衆目にさらそう——
そうすれば、ダル・セーニョはもう二度と政権を取り返せない。
常に権力に飢えているアイツには死よりも厳しいだろう。
それを達成したときに、
悪魔の力を――【終局】を使って、
この憎悪と欲望の連鎖に終局を与えようと思った。
アイツが――もう誰からも、幸せを奪わないように。」
フィーネはよろめくようにドルチェに近づくと、
唇を震わせて、腕一杯に抱き締める。
「その私の動きが、ダル・セーニョに伝わったのだろうな。」
フィーネはドルチェを抱き締めたまま、その襟足や首にキスの雨を降らせる。
「ドルチェ、オメェ、それで襲われたんだな――」
ドルチェの頭を両手で挟んだフィーネは、額をくっつけて震えながら尋ねる。
「どうして……誰が……伝えたんだよ……?
オメェの……紫の……スゲェ綺麗な……目まで……」
フィーネはしゃくり上げる。
「で、でも、白い目も……スゲェ綺麗だぜ……」
「フフフ……」
泣きながら目を綺麗だと言うフィーネが可愛くて、
思わず、ドルチェもフィーネの頬を両手で挟む。
そして、フィーネの鼻先に軽くキスをすると微笑んだ。
「一人しかいないだろう?」
「一人しか……?一人……」
急に、フィーネの泣き声がピタリと止まる。
ドルチェの言葉がフィーネの胸を貫いた。
「レジェロだ。」
フィーネは息を飲んだが、次の瞬間、
「アアアアア――――!!!!」
と絶叫する。
「レジェロ!!!
絶対、許さねェ!!!」
フィーネはそう叫ぶなり、扉に体当たりして外に飛び出していった。
「フィーネ!フィーネ!!どこに行く!!」
フィーネを探すドルチェの叫び声は、林の中にこだまするだけだった。
9月16日完結・毎日更新予定です。
このお話は序盤から糖分高めです。
最終話に向けて恋愛描写はさらに濃くなり、身体的な関係も進展します。
なお、左右は ドルチェ×フィーネ固定 です。
『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。
全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。
BLではありませんが、ブロマンス要素、美形、筋肉は多めです。




