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俺のご主人様

フィーネは訝しげに振り返る。


が、彫像のように美しいドルチェの顔が、微かに引きつっているのを見た瞬間、

「私も見たい――貴様の全部を。」

というドルチェの言葉の意味に気付いた。


顔中を火のように燃え立たせて、

口を魚のようにパクパクさせるが、声が出ない。

沈黙が二人の間に入り込む。


しかし、その沈黙の間に、ドルチェはみるみる青ざめていった。


胸元を握りしめ、唇を噛みしめて、ゆっくり絞り出す。


「――わ……分かった……もう……分かったから……」


「何がだよ!?」


フィーネは飛び上がって、ドルチェの頭を押さえ込んだ。

ドルチェが叫ぶ。


「全部だ!全部、分かったんだ!!」


「ハァ!?なんの全部だよ!?」


ドルチェはフィーネの胸を肘で押し返す。


「離せ!鍋は返す!私は帰る!」


「この、クッソ鍋代行!!

俺の全部を見てェんじゃねェのかよ!!」


「ああ、見たかったさ!

貴様に拒否されなければな!

もう終わりだ!」


「ハァ!?拒否ィ!?俺、何も言ってねェ……

待てよ、おい!泣いてるんじゃねェだろうな!?」


「泣いていない!泣きそうなだけだ!」


「なんで拒否したことになってんだよ!」


「黙っていれば拒否だろう!」


「オメェは俺の主人(マイン・ヘア)だろ!もっと強気に……」


その瞬間に、ドルチェは力一杯フィーネを突き飛ばし、

自分もその場に倒れ込んだ。


「それは、貴様が私を救うための方便だろうが!」


「馬鹿じゃねェの!?俺はずっと……

あ、泣くなよ!ズリィな!」


「知るか!涙に聞け!」


木の枝で羽を休めていた鳥たちは飛び去り、林の奥では、

二人の男たちの言い合いだけが響く。


「アア、アア、分かった!じゃあ、テメェの涙に聞いてやる!!」


フィーネは、座り込んでいるドルチェに飛びつくと、唇で涙を吸い始める。


「こんなこと……私が貴様の主人(ヘア)だからか?

涙に聞けと命じたから……」


「……」


もうフィーネは何も言わない。

黙ってドルチェの涙を吸い続ける。

頬、

顎、

目じり、

目頭……


「フィーネ……違う、私は貴様と……」


「黙れ。」


フィーネは一瞬頬から口を離して鋭く言うと、

また唇をドルチェの顔中に這わせる。


「く……あ……」


ドルチェの口から唸り声が漏れたかと思うと、

飛び起きてフィーネを引っ掴む。

片手で柔らかい落ち葉を探ると、そこにフィーネを押し倒す。


喉元をせり上がって来る熱い吐息を噛み殺しながら、

シャツのボタンを引きちぎって、フィーネのひんやりした胸筋に顔を押し付ける。


フィーネは抵抗しない。


――フィーネは抵抗しない。


ドルチェはピタリと動きを止めた。


「――すまなかった。」


ドルチェが荒い息を鎮めながら、フィーネのシャツを閉じようとすると、


「何してんだ、クソ代行。」


フィーネはドルチェの手首を掴んだ。


「なんで止めんだって言ってんだ!」


「貴様の許しがなくて、できるか!」


「馬鹿じゃねェの!?」


フィーネはドルチェの頬を両手で思い切り挟んだ。


「馬鹿は貴様だ!」


ドルチェも叫ぶ。


「ざけんな、テメェ!」


フィーネはドルチェの両足を掴んで、股間をグイグイ蹴り始めた。


「俺は童貞だから知らねェけどよ!

やってよろしいでしょうか、ハイよろしいですってお行儀よくやる世界なのか、アァ!?」


ドルチェもフィーネの両足を引っ掴む。


「当たり前だ!合意なくして行為できるか!

大事なのは両者の合意!通い合う破廉恥な合意だ!」


「夢も希望もロマンもねェなァ!おい!!股間を蹴るな!」


「ロマンだと?童貞の発想だな!クソ童貞が!」


「股間を蹴るなって……アァ、足がクッソ長ェな!」


「大体!貴様が蹴って来たんだろうが!」


「テメェのせいだ!モタモタモタモタしやがって!!

さっさと俺を連れてけよ!」


「どこにだ!?」


「きま、決まってンだろ!こ、この……」


フィーネは思い切りドルチェの股間を足で押すと、パッと身を離して膝をつく。


「この鈍感災害!!!」


呆気にとられたドルチェが顔を上げる。


上げた顔が向いている方向が、フィーネの顔から微妙に逸れていて、

それが息苦しいほど切ない。


(どうして、こんなことを言っちまったんだ?)


フィーネの青い目が、潤んでゆらゆらと揺れる。


(真面目で誠実なコイツが、契約も何も関係なく、

俺と繋がりたいと思ってることくらい――


失明したコイツが、俺の反応を見られないことくらい――)


――分かっているのに、どうして、


――愛の言葉でもなく、

――罵倒でもなく、


――ちゃんと伝えられないのか。


――それは……俺が……


目の前のドルチェの表情に怒りが入り混じり、

白い髪、白い肌、白い目が白日のように燃え始める。


ドルチェは、ゆっくりと立ち上がり、

フィーネを見下ろすように顔を向けた。


ドルチェの怒りに燃えた美しい姿を、フィーネは膝をついたまま見上げる。


(ああ……これが……俺の……)


そして、狂おしい喜びを押し込めるように呟いた。


「俺のご主人様(マイン・ヘア)……」




9月16日完結予定です。


このお話は序盤から糖分高めですが、後半に行くほど糖分・恋愛描写も濃くなり、身体的な関係も進展します。 よかったら、下の「リアクション」をポチッとしてもらえると嬉しいです。


『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。

全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。

作品一覧は作者ページからご覧いただけます。

https://mypage.syosetu.com/3007202/

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