テーラーメイドの悪魔
「――ね、合理的でしょ?」
書斎机の前にスラリと立ったレジェロは、目の前の人物に言う。
「フィーネは王子様と契約しちゃったわけだ――
政権交代なんてお遊び、下手すると国家転覆。」
目の前の人物が、もうもうと葉巻の煙を吐き出す。
「恋する二人がアマデウス州に留まってくれるなら御の字
――言いなりになった体で、しばらく泳がして……」
レジェロは目を細めた。
「機を見て、転がしていく。」
煙の人物はレジェロに葉巻を差し出す。
レジェロは葉巻をゆっくりと味わいながら、また口を開いた。
「大体、フィーネを召喚したときに、他人との契約を禁じておけば良かったのに……
命令条項に不備なんて、まあ、なんとお粗末……おっと。」
レジェロは肩をすくめた。
「ハイハイ、カルト集団の儀式の中身なんざ、急拵えじゃ分からなかったんですよね。
世の中、緊急性で大体言い逃れできる……おっと。」
煙の人物の後ろに立つ男が動いたのを見ると、
レジェロは、葉巻を咥えたまま軽く両手を挙げた。
煙の人物は、後ろの男に止まれというように手を振る。
「確認しておきたいんですがねえ?」
レジェロは、煙をゆっくりと吐き出す。
「フィーネはこれまで、中央の命令通りに動き、必要があれば【終局】を解放していた。
でも、今後は、主人のドルチェの許可がないと動かない。」
レジェロは、明るい栗色の目を真っすぐに煙の人物に向けた。
「ドルチェにはもう、絶対に手は出せない。」
煙の人物は黙ったままレジェロを見ていたが、目を逸らしてチラリと後ろの人物を呼ぶ。
「認識を共有できたことに感謝。では、レジェロ退散します。」
レジェロはくるりと背を向けて歩き出したが、ピタリと足を止めた。
「……光を奪うなんて……」
ごく小さく呟いたが、すぐに足を早め、重厚な扉をすり抜けていった。
***
「ゼッテェ、やだ!」
「いつまで小役人気取りなんだ!」
代行室で巻き尺を持ったテーラーが立ち尽くしている。
「貴様は代行補佐だ!私の隣に立つんだぞ!
古びたチェックのシャツにサスペンダーで式典に出るのか?」
「いいだろ、それで!」
「ああ、そこの君、ダメだと言ってやってくれ。
童貞には何も通じない!」
「童貞関係ねェだろ!」
「大ありだ。だ・か・ら童貞なんだ!」
「その童貞のへそを……ゴフッ!」
盲目のドルチェから、フィーネの口に的確に突っ込まれるハンカチ。
品のいいテーラーは笑いをこらえるために何度も咳払いをして、目を白黒させている。
が、何とか、テーラーとしての自分を取り戻してフィーネに近づき、丁寧に頭を下げる。
「カーポ様、ここはぜひ、私にお仕立てさせていただけませんか。
私こそ、カーポ様のお召し物を作りたいと思っているのですよ。」
「おい、聞いたか!?ドルチェ!人格の厚みが違ェなァ!
この人に代行になってもら……ゴフッ!」
白いアイマスクをしたドルチェから、的確にみぞおちのパンチが決まる。
「テメェ……ホントに目が見えてねェのかよ……」
「貴様の声なら、距離を測れるようになってきた。」
その間に、テーラーは手早く採寸を始めている。
扉が開いて、ドルチェが呼ばれる。
ドルチェは白杖を持つと、テーラーに後を頼むと告げて歩き始めた。
ドルチェの背後からフィーネの困惑した叫び声が聞こえる。
「アンタには悪いが、俺は洒落たモン着ねェからな!
――え?悲しい?……いや、えーとだな……」
ドルチェはフッと笑いを漏らす。
フィーネが、どこまで自分の容姿に気付いているかは分からないが、
衣服なども目立たないようにしていることは間違いない。
――愛されないために。
自分と契約をしたことで、
フィーネを愛し、愛の言葉を伝えたものが死ぬという呪いはどうなったのか。
無効になったのか、
いまだ有効なのか。
命がかかわる以上、それを確かめる術はない。
つまり、有効と考えて動くしかない。
それに、自分が命じれば、フィーネはその通り動くらしい。
それは、どこまで?
命じれば――
――心も体も、差し出させることができるのか?
ドルチェは思う。
(フィーネは、私の命を救うために、「共に生きる」ことを目的にした契約を成立させた。
心と体を差し出せと言えば、
その目的に必要だなどと言って差し出すだろう……)
がさつで、心も体も目も匂いも美しいフィーネ。
(でも、そうじゃないんだ……私は、フィーネと……)
白杖を持たない方の手で、リングを入れたポケットに触れる。
「三つ揃え?そんなに買えねェし……エッ?経費!?」
素っ頓狂なフィーネの叫びにハッと目を覚ました気分になったドルチェは、
白杖を動かしながら、胸を張って部屋を出た。
9月16日完結予定です。
このお話は序盤から糖分高めですが、後半に行くほど糖分・恋愛描写も濃くなり、身体的な関係も進展します。 よかったら、下の「リアクション」をポチッとしてもらえると嬉しいです。
『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。
全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。




