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美しい匂い

「貴様、匂うな。」


「エッ!臭ェの?」


ドルチェは、庁舎に近い役職者用の宿舎に引っ越した。

失明して、庁舎から遠い家では不都合だったのだ。


今、フィーネとドルチェは、新しい部屋の片づけの真っ最中だ。


「こっちに来てくれ。」


フィーネがしぶしぶ身体を寄せると、

ドルチェは手探りでフィーネの首元に鼻をつけてクンクンと匂う。


「おい、やめろって!クセェんだろ?」


「いや、違う――なんだろうな。」


「クンクンすんじゃねェ!」


そう言いながらも、ドルチェがすり寄せる鼻と吐息を感じて、フィーネは強烈にゾクゾクしてくる。


「土……インク……男……汗……何だろうな……」


我慢できなくなったフィーネが、

キスをしようとドルチェの顔を覗き込むと、

パッとドルチェが顔を上げた。


その目には白いアイマスクが付けられている。

ゴムが入っていて、簡単に付け外しができる。


「おい、貴様……この匂いで女を惹きつけているのか?」


「知るかよ!クソむ……元クソ紫!!」


フィーネはドルチェを引きはがそうとする。

ドルチェはまだ匂いを嗅ごうと顔を寄せる。


「おい、どこが匂いのもとだ?」


ドルチェはフィーネの身体中を嗅ぎ回ろうとする。


「おい!やめろよ、デベソ!!」


「へそか?」


「違ェよ!ウォワ!」


ドルチェはフィーネのズボンから器用にシャツを引っ張り出し、

手探りでへその位置を確認すると、鼻を近づける。


「やめろよ!そんなとこ、クセェだろ!」


「動くな。」


急に縛り付けられたようにフィーネが動かなくなる。

ドルチェはゆっくりとフィーネのへそ周りを嗅ぐ。


「ああ……ここも匂いのもとの一つだな。濃い。

――どうした、貴様。大丈夫か?へそが弱いのか?」


「テメェだ!テメェが動くなって言うから、動けねェんだ!」


今度はドルチェが一瞬凍り付く。

それから、ゆっくりと上体を起こすと、静かに尋ねる。


「私が命令すると、貴様はその通りになるのか?」


「そうだよ。テメェは俺のご主人様(マイン・ヘア)だから。」


「――知らなかった。すまない。

じゃあ、『動け』――これでいいか?」


フィーネは上体を起こす。


「いや、テメェが悪いわけじゃねェし……」


(なんだよ、素直に謝ってよォ……俺は別にもっと……)


なんとなく不満なままシャツをズボンに突っ込もうとすると、

肘が後ろの箱にぶつかって、ガシャンと落ちる。


「あ、ヤベェ……おん?」


箱から転がり落ちたのは、フィーネの鍋だった。


「どうした?」


フィーネは妙に腹立たしくなって大声を出す。


「俺の鍋が出てきた!返せ!鍋代行!」


「何だと?貴様が勝手に渡してきたんだろう!」


「クンクンクンクン、嗅ぎやがって!

どうせ、臭ェよ!臭ェならハッキリ言えよ!」


「何を怒っている!」


ドルチェはフィーネの方に手を伸ばしたが、方向が違い、バランスを崩す。

フィーネはドルチェの下に滑り込んで下敷きになる。


フィーネは喉元が締め上げられる思いだった。

あんなにも強くて、

素晴らしい身体能力だを持っていたドルチェが……


唇を噛みしめて、思わずドルチェを抱き締める。

が、ドルチェは、急にフィーネの脇に鼻を当ててクンクンと嗅ぎ、

「ここも匂いのもとだ!」

と嬉しそうな声を上げる。


「なんなんだよ!テメェ、ぶっ飛ば……」


「甘くて……濃くて……爽やかで……クセがあって……」


ドルチェはフィーネの腕の中でフフフと笑い出す。


「貴様は、匂いも美しいのだな。」


フィーネは呆気に取られて、

次の瞬間には、その青い目を潤ませる。


しかし、声だけは元気に張り上げた。


「キザ白髪め――好きなだけ嗅ぎやがれ!!」


***


ようやく片付いた家の中を、フィーネがもう一度案内する。


「ここが扉で、ここに食器があるぜ。

ここを真っすぐ歩くと、寝台だ。


――なァ、さっきも言ったけどさァ、俺が住む方がよくねェ?」


フィーネはドルチェに問いかける。


「いや、いい。一人で大丈夫だ。」


「でも、危ねェだろ?俺が泊まれば……」


「おい、住むとか、泊まるとか……」


「その方が安全だろ?」


「待て。私は、貴様に……」


思わずドルチェは、ポケットのリングに手を伸ばす。


「オメェが慣れたら、俺は家に帰る。」


「……気軽だな。まるで友人だ。」


「オゥ、そうだ。だからオメェも気軽に……」


「この鈍感災害!!!」


ドルチェはフィーネを振り向いて、手探りで襟首を掴む。


「ハァ!?心配して言ってるんだろうが!」


「うるさい、童貞!」


「童貞関係ねェだろ!」


「脳みそまで童貞だな!!」


「ハァ?何だその言いぐさは!パワハラ野郎!」


ドルチェはピタリと動きを止めた。


「パワハラはいけない。貴様がディーナーなら、なおさら。」


ドルチェは手探りで壁を探し、そこに背を預ける。

そして、静かに呼び掛けた。


「フィーネ、貴様の目を見せてくれ。」


フィーネの怒りは一気にほどけ、眼鏡をポケットに入れると、

滑るようにドルチェのもとに向かう。


(命令口調じゃないと、使役されないんだな……)


そう思いながら、フィーネはドルチェの両手を握って、自分の頬を挟ませた。

ドルチェはゆっくりと指先でフィーネの目を触る。

目頭、瞼、睫毛、目じりを壊れ物のようにそっと撫でる。


ドルチェは、諦めたように微笑んだ。


「貴様の目は、美しいな。」


その瞬間、フィーネはドルチェの唇に唇を重ねた。


「匂いもだろ?」


ドルチェは頷きながら、唇で応える。


優しい終局の悪魔(エンデ・トイフェル)、フィーネ。


ドルチェは、この鈍感な童貞に、

「言葉」も「目」を使わずに、

悪魔の契約と無関係な、

想いと想いのつながりを、

いつ、どうやって伝えればいいのか、


――失われた視界以上に、目の前が見えない気がしていた。



9月16日完結予定です。


このお話は序盤から糖分高めですが、後半に行くほど糖分・恋愛描写も濃くなり、身体的な関係も進展します。 よかったら、下の「リアクション」をポチッとしてもらえると嬉しいです。


『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。

全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。

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