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私の光

最上階のテラスから見える空は、

重苦しい灰色の雲に覆われている。 


「あの日は、やけに外がうるさかった。

父を罵り、私たちの一族まで罵倒する声、

物を打ち鳴らしたり、壁を壊したり……


投げられた石が、ちょうど私の部屋の窓を突き破った。

そのときに開いたカーテンから見えた群衆は……汚かった。


薄汚い目がぞろぞろと並んで……

たまらなく醜かった。」


ドルチェは建物の方を向いている。

フィーネは風景に顔が向くように、そっとドルチェの身体の向きを変える。


「私が目を背けて部屋の中を見た瞬間、

拳銃の音が聞こえてきた。

とっさにカーテンを開けたら、拳銃で頭を撃ち抜いた父が倒れているのが見えた。


――人々は大騒ぎだ。


でも、私はその場で座り込んで、父のところに行こうとしなかった。

直前まで好奇心と蔑みに満ちていたのに、

血まみれの父を、心配面で囲んだ奴らの目に反吐が出そうだった。


私はずっと目を瞑っていた。

――ずっと。


何も見ず、真っ暗な中に自分を置く方が、

目を開けているよりもずっとましだった。


その後は……あまり覚えていない。」


フィーネはドルチェの身体を支えたまま、身動き一つしなかった。

ドルチェは自分の髪に手をやる。


「実は、私は、その日まで真っ黒な髪だったんだ。

翌朝目覚めたときには、今のように、真っ白な髪になっていた。」


フィーネは身体中が蜂の巣にされた気分で、ドルチェを凝視した。

が、すぐに両手を伸ばして、ゆっくりとドルチェの髪を撫でる。


「父が死んだあとすぐに、真犯人とやらが出てきた。

罪悪感だかなんだか知らないがね。


――ほら、例の宗教団体だよ。あそこの元信者が、

団体を潰された恨みで、

副首相を暗殺して、父に濡れ衣をかぶせたそうだ。

本当に――人間なんてうんざりだなあ、フィーネ?」


フィーネはドルチェの頬を両手で包む。

ドルチェはそのゴツゴツしたフィーネの手に触れる。


「私は、すぐに政界の重鎮の未亡人のところに引き取られた。

どこかで見た私に興味を持ったらしい。

――ああ、スケコマシの意味だ。未亡人は精力があり余っているらしいな。」


フィーネはもう聞き続けるのが苦しい。

ドルチェの両手で自分の耳を塞ぐ。


「なあ、オメェ、これ以上ツレェ話が続くなら、

いったん、チューしねェ?俺が持たねェ……」


「貴様、それでも悪魔か?」


ドルチェはフィーネの頬を思いきりつねる。


「ってェ!怪我人のくせに力強ェな!」


「じゃあ、私が、未亡人の後ろ盾で破竹の昇進をする辺りは想像に任せる。

よし、手すりのところに連れて行け。

――あ、ケツに手を出すな!」


テラスの柵に来ると、郊外の田園風景が遠くに見える。

冬の割に、比較的穏やかな風が通り過ぎる。


柵にもたれ、風に煽られるように、ドルチェは目の包帯をパッと外した。


顔をぐるりと回して、白くなった眼球を辺りに向ける。

が、すぐに目を落とした。


「ハッ……あの時と同じだ。ただ真っ暗で……」


そのまま言葉を飲み込み、少し黙ってから静かな声で言う。


「あのレストランで貴様の目を見たのが、最後だったのか……」


ドルチェは手を伸ばす。

フィーネはその手をとると、自分の頬に当てる。


「もう一度、通りに出た後に、よく見れば良かった……」


そう言って一瞬口を閉じると、首を横に振る。


「――いや、そんなことを言うのは愚かだな。

人生では、いつだって、何かの最後が訪れているのだから――」


そう言うと、「フィーネ」と呼びかける。


「私の目の前で、貴様の目を向けてくれ。」


フィーネは、眼鏡をポケットに入れると、しっかりとドルチェの頬を両手で挟んで、

ドルチェの目の前に、近々と自分の目を寄せる。


ドルチェはゆっくりとフィーネの頬から指を這わせ、

フィーネの青い目、瞼、睫毛に触れた。


「短い時間だったが――夢のようだった。

貴様の美しい目を独り占めしたから、天罰が下ったんだ。」


その指は微かに震えている。

フィーネは掠れた声を振り絞る。


「ハア?心の狭ェ神様だな!天罰上等じゃねェか。

――チューとケツ揉みの刑……な?」


フィーネが顔を近づけると、ドルチェが額をゴツンとぶつける。


「ってェなあ!見えてねェのになんで当たるんだよ!」


「口が腫れているんだ。あと、ケツ揉みも禁止だ。」


「エェ?」


フィーネは額をさすりながら不満顔だ。


「退院したら解禁だぜ?」


「フィーネ。」


ドルチェは、目に包帯を巻き直しながら呼び掛けた。


「もう貴様は、暴漢どもから、聞き出したんじゃないか?


――私の復讐の、その内容を。」


フィーネは黙り込んだ。ドルチェは、微笑んだ。


「それでも、ここに来てくれたのか。

――本当に……貴様は……」


フッと唇を噛むと、テラスの柵を背に、ドルチェは胸を張った。


「ちゃんと話したぞ!これで約束は完了だ。」


「ハァ?これ、あのときの『ちゃんと話す』って約束?」


「貴様の願いを聞き届けたんだ。感謝しろ!」


「真面目過ぎんだろ!」


「感謝の印に、ヴィータ先生をここに連れて来てくれ。」


「ハイハイ、承知しました、ケツ代行。」


言葉とは裏腹に、(具合が悪いんじゃねェか?)と心配になったフィーネは、

急ぎ足でテラスの入り口から病棟に入る。


チラリと振り返ってドルチェが柵にしっかりと掴まって立っているのを確認すると、

廊下を歩き出した。


***


急に、フィーネの黒い左胸のタトゥーが圧迫され、

ドルチェの美しい声が、

耳の隣で、静かに響いた。



――いつかきっと、共に生きよう。


 ――さようなら、フィーネ。



  ――さようなら、




           ――私の光




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