さよなら、ファルファッレ
冬の夕暮れは早い。
きっかり定時で退庁したフィーネは、近くの露店でファルファッレを買った。
(そういや、鍋がねェな。)
別の露店がフライパンを山積みにして【IN SALDO】と札を下げているのを目にしたフィーネは、
その前で立ち止まる。
(俺の鍋は今度返すって言ってたから、鍋は要らねェし……
フライパンでもマカロニくらい茹でられるだろ。)
一つフライパンを買うと、フィーネは家に向かって、
スキップするように走り出した。
(フライパンがあれば、ピザも作れるのか?)
フィーネは、朝、指をドルチェにつつかれたことを思い出すと、
「ヤベェ……」と呟いて、
人の少ない郊外の道を、加速をつけて、笑いながら走りまくった。
***
――ドルチェは来なかった。
最初は色々と理由を推測しては、自分を納得させていたフィーネだったが、
刻々と時間が過ぎる中、言いようもない不安が突き上げてきた。
以前――絶対に帰ると約束した日、
ドルチェは本当に、走って帰って来てくれた。
全ての誘いを振り切って、この白い林の奥の家に、
約束通り帰ってきたのだ。
(言葉を出さなければいい――
アイツはそう言っていたが、それが違っていたのか?
あんなに熱い、心の言葉が溶けだしたみたいなキスをしたら……)
しかし、フィーネは激しく首を横に振った。
あの馬鹿みてェに頭が良くて、
真面目で、スケコマシなのに誠実で、
顔も、心も、目も、美しいアイツが言うんだ。
間違いなんかねェ。
目も美しいアイツが……
ふいに、フィーネの瞼に、今朝の、遠くて暗い目で前を向くドルチェの横顔と、
中央高官やレジェロの顔が交錯した。
――ちゃんと話す――
――すっかり官僚の王子様は君に首ったけだ――
――なぜ……人間は、貴様のような美しい目を持たないんだろうな――
――君の存在を知ってるだけで、まあ、随分と知り過ぎているけどねえ?――
ガシャン!
フィーネが急に立ち上がった勢いで、机に置いていたフライパンが転がり落ちる。
次の瞬間、夜の闇の中にフィーネは飛び出した。
***
フィーネは庁舎の裏口に走り込み、地下への階段を駆け下りると、
「警備特二課」と札が下がった部屋に飛んで入った。
新入りの一人が部屋にいて、「カーポ副長、お疲れ様です。」と敬礼する。
「他の奴らは?」
「別件の取調べで離席しています。」
「何だと……?」
「カーポ副長のご指示だと。」
フィーネは血が出るほど拳を握りしめたが、
新入りの肩をポンと叩いて扉に向かう。
「ああ、そうだった。じゃ、引き続き、励め励め。」
扉を閉めた瞬間、暗い廊下でフィーネの青い瞳が燃え上がる。
フードを被って忍び足で外に出ると、背後から警備員たちを一撃で気絶させ、
庁舎の馬を引き出して騎乗すると、全速力で走り出した。
行ったことはないが、ドルチェの家の地図は頭に入っている。
庁舎からは遠いが、フィーネの家からなら走って十分程度……
そんなところに、ドルチェは家を借りたのだから。
***
遠くにドルチェの家らしい小さな家屋が見えたとき、
一瞬、フィーネの全身が、氷のように固まった。
灯りがついていて、複数の人影がある――。
馬を木につなぐと、フードを被り直し、気配を消して忍び寄る。
窓にはカーテンが閉められているが、男が一人立っている。
その男の一部を目にしただけで、フィーネにはそれが誰か分かる。
――警備特二課の隊員だ。
そうすると、残る隊員の二名は中にいるのか?
単体ではドルチェに敵わないだろうが、アイツらも屈強だ。
複数で掛かれば……今、下手に動くとドルチェが危ない。
ドルチェはどこだ?
フィーネは手を伸ばして、窓の下の砂を握りしめる。
――急に話し声がする。
二名の隊員が奥から出てくる――
三人の視線が、一点に向く――
次の瞬間、フィーネは窓を蹴破り、パッとこちらを見た隊員たちの目に砂をぶっかける。
目を潰した瞬間に、二人を同時に蹴り倒し、
一人は机の縁に顔を叩きつける。
彼らが次の動きをとる前に、手錠で後ろ手に縛りあげると、
フィーネは猛然と顔を上げた。
キッチンの陰に椅子に縛り付けられ、
目隠しをされてぐったりしている白髪の――
「ドルチェ――――!!!!!」




