指つつき
月光の差し込む寝室の床で、ドルチェとフィーネは静かに唇を合わせる。
ようやく得られた互いの唇の感触に、二人は身も心も委ね切っている。
ふと唇を離して、ドルチェが囁く。
「貴様も絶対に……その言葉を言うなよ。
貴様が死ぬ可能性がある。」
フィーネはじっとドルチェの瞳を見ながら、
頷くように、また唇を重ねる。
室内には、
衣擦れの音、
二人の呼吸、
唇を吸い合う柔らかい音だけが満ちている。
語り掛けるようなその音は、二人を溶かしていく。
――月光が窓から差し込まなくなってもなお、二人は唇を重ね続けていた。
***
「しみる……」
「ってェ……」
翌朝、庁舎近くの通り沿いのレストラン。
男二人が、マルゲリータを前にうつむいている。
「テメェのせいだ……タコ野郎。
チューチューチューチュー吸いやがって……」
「なんだと?おねだりしたのはどこのどいつだ、犬畜生!」
「ハ……ハァ?テメェも最高だのなんだの言ってたじゃねェか!」
「心臓も情緒もないと人生楽だなァ!?アア?」
――人生論は外でやれ!
厨房からコックの親父の怒声が響く。
仕方なく、ドルチェは黙ってフィーネを睨みつけたが、
フィーネはマルゲリータの焦げた部分をカリカリと指でいじっている。
「チューチューチューチュー……よぉ……」
うつむいた顔の耳の先まで赤くなっている。
それを見て、ドルチェの怒りは霧のように消え去った。
ドルチェは、チラリと周りを見ると、カリカリとピザをいじるフィーネの指をちょっとつつく。
遠慮がちな視線がカチリと合うと、二人は目だけでフッと笑い合った。
***
ナイフとフォークで切りながら、唇に触れないように、チマチマとピザを食べる。
フィーネは、そんな食べ方すら様になっているドルチェをしばらく眺める。
ドルチェが、ふとフィーネの視線に気づき、
「どうした?」というように首を傾げる。
――美しい。
フィーネは、目がくらむ思いで自分のピザに目を落とした。
(手離したく、ねェ。)
フィーネはうつむいたまま、絞り出すように話し始める。
「前に言ってた【復讐】は――もういいのか?」
ドルチェの手が止まったのを、フィーネは見逃さない。
顔を上げて、ドルチェを凝視する。
「やる気なんだな……一人で。」
「朝のレストランでする話ではないな。」
フィーネは取り合わずに続けた。
「その【復讐】ってのは、このピザみたいに、
唇にちょっとしみる程度のモンか?」
ドルチェは目を逸らして水を飲む。
「ちょっとペンを隠す程度の仕返しじゃねェ。
――そんなイタズラじゃ、終局の悪魔の力を借りようなんざ……
思いつかねェ。」
ドルチェはナイフとフォークをぎこちなく動かす。
「テメェが言ったんだろ……
何もわからねェと、心配の仕方がわからねェって。」
ドルチェはピタリと動きを止めた。
「ああ……確かに言った。」
フィーネはその言葉に勢いづいて、前のめりになる。
「だろ?俺だって、オメェのことが……その……えーと……」
前のめりになったくせに、言葉に詰まるフィーネを見て、
ドルチェは胸が温かくなった。
「おーん?オメェ、なんで笑ってんの?
俺は、俺は、オメェを……」
「フィーネ、目をよく見せてくれ。」
「オメェの方を向いてるだろ。」
「もっと顔を近づけろ。眼鏡も外せ。」
フィーネは呆れ顔でスイと眼鏡を外し、「ホレ」と言いながら少し顔を近づける。
ドルチェも少し顔を前に出す。
「本当に――美しい。貴様の目は……」
数秒、ドルチェは吸い込まれるように見つめたが、
フッとため息をついた。
「なぜ……人間は、貴様のような美しい目を持たないんだろうな。」
眼鏡を掛けようとしていたフィーネは、ピクリと手を止めてドルチェに目を向けた。
とそのとき、庁舎の時計台から朝八時を知らせる鐘が鳴り響いた。
二人はハッとして残りのピザを口に突っ込み、同時に「痛い……」と呟いて思わず笑う。
急いで店を出ると、庁舎に向かいながらドルチェがそっと言った。
「今日も少し遅くなるんだが……家に行っていいか?」
「ま、また、チューチューするのか?す、スケコマシ……」
「ちゃんと話す。」
フィーネはパッとドルチェを見た。
ドルチェは前を向いて唇を噛んでいる。
その遠く、暗い眼差しに、フィーネは喉元が締め上げられる気がした。
「お、おうよ。あ、ファルファッレを買って待っとくぜ。
オメェが来たら、一緒に茹でて……
って、オメェ、さっさと鍋返せよ!」
急に思い出して叫ぶフィーネを、道行く人たちが笑いを堪えて横目で見る。
「今日はなるべく早く行きたい。
だから、鍋は今度返そう――必ず。」
そう言うと、ドルチェはフィーネを覗き込んだ。
「ああ、話した後は、たっぷりと口づけしよう――唇が腫れ上がるほどな?」
「アァ――!!キザなデベソ、恥を知れよ!恥を!」
爆発しそうなほど顔を真っ赤にしたフィーネは、猛然と走り出した。
ドルチェはクスクス笑いながら見送る。
少し離れたところでピタリと止まったフィーネは、
振り返って手を振った。
「絶対だかんな!!」
9月16日完結予定です。後半は恋愛描写も濃くなり、二人の身体的な関係も進展します。
『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。
全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。




