愛の呪い
フィーネは月光を真正面から受けて、目を細めた。
――そして、優しく笑った。
「じゃあ、ドルチェ、オメェが幸せになれ。」
「そんなことを……」
カッとするドルチェの唇を、フィーネが人差し指で押さえる。
「オメェだって、もう気づいてるじゃねェか。
――俺に深入りすれば、待っているのは死だ。」
ドルチェが何か言おうとするのを、また、人差し指で押さえ込む。
「オメェが死んで――俺が幸せになると、思うのか?」
ドルチェは口を半開きにして、フィーネをポカンと見つめた。
胸の鼓動が外まで響くと思えるほど激しくなっていく。
(なんだ、今のは……まるで、まるで……)
「アアアアア!!!!!」
急に叫ぶと、ドルチェは白髪を掻きむしって、頭を抱えた。
今度はフィーネがポカンとしている。
そのままドルチェは叫んだ。
「問題は、そこじゃない!!!」
パッと顔を上げてフィーネを見る。
「なァ?そうだろう?もう、目を逸らせない!」
ドルチェはフィーネににじり寄る。
赤髪の悪魔は後ずさりする。
「なんだよ……」
「貴様を愛した者は死ぬ――
そういう呪いが、本当にあるのか?」
その瞬間、フィーネの顔が紙のように白くなった。
「その話はやめろ!今すぐだ!」
「やめるか、小役人。
仕事のできないやつは、すぐに核心から目を逸らす。」
紫水晶の瞳が光を増す。
「それなら、その呪いは無効じゃないか。
――私が、生きているのだから。」
フィーネは茫然とした。
「テメェ……言いやがったな……」
「いや、言っていない。
決して、言っていない!」
紫の瞳は宇宙のようにフィーネを包み込む。
「私は馬鹿ではない。
貴様が幸せにならないのに、敢えて死ぬような愚か者ではない。」
「クッソ白髪!わかるように言いやがれ!
いや、やっぱりわからないように言え!ああ、モ――――ッ!!!」
「ハッハッハッ!」
傲然と笑うドルチェ。
「私が生きている!
それが証拠だ!
想っているだけでは、死なないんだ。
言葉を言わなければ、死なないんだ。」
「お……想っ……」
フィーネは、今度は頬がはち切れるほど赤くなる。
「さらに!」
ドルチェはフィーネの鼻の先を指でグリグリと突く。
「抱き締めても、キスをしても生きている!
そうだろう?」
「お……」
「今すぐ答えろ!」
「お、おん……」
「クララ嬢を思い出せ。彼女は、確かにお前を愛していた。
――そして、何をした?」
「……告白……」
「そうだ。【言葉】を言ってしまったんだ。
貴様への愛を確信した上で。」
「じゃあ、なんだ?テメェは、俺に、
言葉を……言葉を出さなきゃ……死なないと言いたいのか?」
「そうだ。
人の世では、書面がないと無効なものがある。
明示的に同意しないと無効なものもある。
それなら、悪魔の世界で、
口から発される言葉がなければ無効な呪いがあってもおかしくない。
そうだろう――」
ドルチェはフィーネの耳に口を寄せた。
「言葉には魂が宿るのだから。」
フィーネはゾクリとした。
――それは、心地よい悪寒だった。
「テメェ……どっちが悪魔だかわかんねェな……」
ドルチェは苦笑いして、フィーネの耳から顔を離す。
「そうだな。人間の方がよっぽど悪魔だ。」
「でも、オメェの言うことが本当だって、どうやって確認する……?」
「骨の髄まで小役人だな。
確認したら死ぬだろう、馬鹿メガネ。
――おい、もうとりあえず、いいじゃないか。」
ドルチェは、目を逸らしながら、照れ臭そうに唇を少し差し出す。
「再会してから……キスをしていない。」
フィーネは右を向き、左を向き、逃げ場を探すように泡を食っている。
「なんだ……貴様は、私とキスしたいわけじゃないのか。」
「クソ紫!」
間髪を入れずに、フィーネは、ドルチェの唇に唇を重ねた。
二人は、見つめ合いながら、ただ静かに、唇を重ねる。
しばらくして、そっと唇を離したフィーネは囁いた。
「ずっと……ずっと……この唇が……
欲しかった。」
9月16日完結予定です。後半は恋愛描写も濃くなり、二人の身体的な関係も進展します。
『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。
全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。




