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来たまえ、フィーネ

掃除のマダムにこっぴどく叱られた二人は、

しおしおとシャワールームに向かう。


職員控室で、順番にシャワーを浴びる。


照れと緊張感が二人の間を交錯する。

さっきの勢いはとうに消え、軽口の一つも出ない。


それでも、精一杯、互いの身体を盗み見して、

相手に気付かれないように、それぞれ顔を赤らめている。


が、その沈黙をフィーネの素っ頓狂な声が破った。


「あ、俺、着替えがねェ……」


ネクタイを締めながら、ドルチェは呆れかえった。


「職場に着替えを置かないとは、頓馬な小役人だ。

私も着替えを一着しか持って来ていない……ラルゴ課長に借りるか?」


「課長の服が破れちまう……まあ、汚れた服をもう一度着れば……」


「――私の服を貸そう、カーポ君。」


急に、扉から癖のある声が聞こえてきた。

フィーネは振り返りもせずに答える。


「結構です。」


「お二人とも、すっかり人気者だねぇ。」


ドルチェの方は、微笑みながら振り返る。


「恐れ入ります、レジェロ所長。」


「さあ、来たまえ、カーポ君。」


「自分の服を着ます。」


ドルチェはフィーネの顔を横目で見る。


「所長から借りたらどうだ?」


「オメェがレジェロから借りろ。」


「何をわけの分からんことを……」


同意を求めるようにドルチェがレジェロの顔を見やる。

が、その瞬間、ドルチェの背筋が凍り付いた。


レジェロが、全くの無表情で、フィーネを見ていたからだ。


「おい、ドルチェ、オメェの服を俺に貸せ……」


「来たまえ、フィーネ。」


フィーネはビクリと身体を震わせた。

思わずフィーネに近寄ろうとしたドルチェは、その場で立ちすくんだ。


フィーネの青い目は曇り、焦点が合わないまま、

ふらふらとレジェロの方に歩き出したからだ。


「フィ……」


黙って扉を出て行くレジェロに吸い寄せられるようについて行くフィーネ。

レジェロが、いつもの渋みのある微笑みで振り返った。


「さあ、ランチタイムショーは終わり。

代行は業務にお戻りください。」


パタンと閉まる扉を、ドルチェはただ茫然と見送った。


***

ドルチェは部屋に取り残された。


(なんだ?あれは……

でも、あのフィーネが従っているから問題ない……のか?)


急に、ドルチェの瞼に、

裏庭で墓穴を掘るフィーネの背中が蘇る。


――テメェも利用しようとしてんじゃねェか――


――俺を――


ドルチェは、胸に黒い杭が打ち込まれたような気がした。


「フィーネ!!!」


叫ぶなり、ドルチェは部屋を走り出た。

もうフィーネとレジェロは廊下の離れたところを歩いている。


「フィ……」


「ここでしたか、代行!馬車が来ています。」


ハッと振り返ると、職員が慌てた様子でドルチェに走り寄って来る。


そうだ。

今日は、州議会の重鎮のところに訪問するのだった。


  ――なぜ、今、そんなことが言える――


廊下を見ると、フィーネとレジェロが突き当りの昇降機のところにいる。


  ――うんざりなんだよ、人間なんざ――


  ――でも、いい。テメェに何もないなら――


ドルチェは唇を噛んだ。


「――少し時間をくれ。」


その職員に言うなり、ドルチェは猛然と走り出した。


「フィーネ!」


フィーネは、振り返りもせずに、昇降機に乗ろうとしている。


「所長!所長!」


閉まろうとする昇降機のドアに、ドルチェは手足を突っ込んだ。

相変わらず、フィーネは虚空を見つめている。


「所長!これは、なんですか?フィーネは……」


「こりゃあ、いけない。」


レジェロはおどけた表情で、ドルチェのネクタイを締め直す。


「就任早々、大事なお客様をお待たせしては経歴に傷がつく。

――貴方が進めている観光計画のことでしょ?」


「フィーネは……」


「坊やはお着替えするだけですよ?」


「おい、フィーネ!」


「ドルチェ代行。」


レジェロの明るい栗色の瞳が、刺すようにドルチェを見た。


「貴方とカーポ君は――友人でしょ?」


ハッと目を見開くドルチェを押し返すと、

昇降機は、チンと音を立てて閉まり、上に昇って行ってしまった。


9月16日完結予定です。後半は恋愛描写も濃くなり、二人の身体的な関係も進展します。


『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。

全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。

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