「友人」は灰まみれ
炎のような赤い髪が、夜道を駆け抜けていく。
(収まれ……収まれ……)
猛然と家の扉を開けたフィーネは、そのまま寝室に飛び込んだ。
(チクショー……何やってんだ……俺は……)
ドルチェの濡れた紫の瞳、
唇に残る頬の感触、
引き締まった身体がありありと蘇る。
寝台に座り込んだフィーネは歯ぎしりする。
「何やってんだ……クソ……」
前屈みになって唸る。
「ドルチェ……」
フィーネは身体を何度か震わせると、そのまま寝台にベタリと顔をつけた。
「チクショー……何やってんだ……俺は……」
フィーネは失望なのか満足なのか分からないため息を深くつくと、
そのままぐっすりと眠り込んでしまった。
***
「今度の長期休みですか?――友達と二人でMt.Bookに登山です。」
ピクリとフィーネの耳が動いた。
「学生のときからの友達で……男同士で本気の登山。」
課員たちが笑いながら話している。
フィーネは、口からモウモウと煙草の煙を吐き出している。
「下山後は温泉でさっぱりするんですよ。」
「ハハハ、いいねェ、男同士の裸の付き合い!」
ゴフォッ!!!
ラルゴ課長の言葉に、フィーネが激しくむせ返る。
「気楽でいいですよ。温泉の後は酒飲んで!」
「何泊するの?」
「日帰りですよ。だって友達とは……」
そのとき、別の部署の者から声を掛けられたその課員は、立ち上がって行ってしまった。
(友達とは……?友達とは、泊まらねェのか?
クソッ……いいところで……)
フィーネは二本同時に煙草を咥え、ガリガリとペンで書類に書き込んでいる。
「エェ―ッ!それもう、友達じゃないでしょ!」
女性課員たちのヒソヒソ声に、フィーネのペンがボキリと折れる。
「だって、一泊するんでしょ?」
「相手はただの友達って思ってる……」
「エェ―ッ!都合よすぎじゃない!」
フィーネは煙草二本を口から取り落とす。
「あなたはそうじゃないんでしょ?」
「当然じゃない!」
「やめときなよ!そんな男!不幸になるよ!」
思わず顔を上げる。
顔から血の気が引いている。
「フィーネさん!……係長!!」
「お……おん?」
「申請書が焦げてます。」
「ウォワ!!!」
煙草が落ちた申請書を慌てて取り上げた瞬間に足がもつれ、
大量の吸い殻がたまっている灰皿が吹っ飛び、
盛大に転んだフィーネの頭にぶっかけられる。
灰まみれの眼鏡のガラスでは周りが見えないが、
課員たちの遠慮ない大笑いが聞こえてくる。
眼鏡を外して、袖で顔を拭くが汚れが広がるだけだ。
「チクショー……アイツのせいだ、全部。」
「誰のせいだ?」
「ドウォワ!!!」
驚きの余りに飛び上がったフィーネは、椅子に蹴躓いて大きく体勢を崩す。
「やれやれ、本当に隙が多いな。」
「ド……ドッ……ドル……」
ドルチェがフィーネを脇からしっかりと抱えている。
濡れたタオルを職員に頼み、ヒップポケットからハンカチを取り出して、
フィーネの頭や身体を乱暴にはたく。
「ってェなァ!もっと丁寧に……」
「ほざけ、小僧!!」
ドルチェは猛然とはたきまくる。
「ドルチェ代行、タオルです!」
「ありがとう。」
ドルチェは柔らかい声を出すと同時に、
フィーネの頭から濡れたタオルをかぶせ、ゴシゴシと痛いほど乱暴に拭きまくる。
周囲はいよいよ大笑いだ。
「待て!ってェ!!やめろ!パワハラ代行!!」
ピタリと動きが止まる。
「おや、私がそういう意図がなくても、パワハラと思われる行為はいけない。」
マジシャンがハンカチで隠したハットを見せるように、
パッとフィーネの頭からタオルをとって、
職員に笑い掛ける。
「おお……」
職員たちは、濡れて乱れた赤い髪の下で、
眼鏡のない美貌が全開になっているフィーネに感嘆している。
しかし、フィーネはすぐにタオルを奪い取るとニヤリと笑った。
「おや、代行も汚れてます……ね!!」
次の瞬間、濡れタオルでドルチェを引っぱたき、顔をこすりまくる。
「赤犬が!また舐めとらせ……ゴフッ」
言い掛けるドルチェのみぞおちに蹴りを食らわす。
「ハァ?テメェ、情緒死んでんのか?アァ?」
「ハッ!死ね鈍感災害!!」
ドルチェはフィーネを引き倒し、自分も倒れ込む。
この昼休みの素晴らしい劇場に、庁舎中の職員が集まってきている。
「何が情緒だ、赤犬の分際で!寒空に私を置き去りにしたのは誰だ!」
ギチギチとフィーネを押さえ込みながら抑えた声でドルチェが言う。
「お、俺の……せいじゃねェ!」
「ハイ実刑。」
ドルチェがフィーネを締め上げる。
もう二人ともグチャグチャの灰まみれだ。
フィーネが小さな声で呟く。
「テメェのせい……だ!」
「小役人の言い訳は聞き苦し……」
「美しいから……」
思わず力を緩めたドルチェは、体勢を崩したフィーネと共に床に崩れた。
――そして、大満足の職員たちから拍手喝采が起きたのだった。
9月16日完結予定です。
このお話は序盤から糖分高めですが、後半に行くほど糖分・恋愛描写も濃くなり、身体的な関係も進展します。 よかったら、下の「リアクション」をポチッとしてもらえると嬉しいです。
『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。
全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。




