ドルチェの涙
ドルチェはビクリと一度震えると、手袋越しに握られた手とフィーネを交互に見る。
フィーネも、握った手をどうしていいか分からない。
(何か言わなくては)と顔を上げた瞬間に、フィーネは思わず声を上げた。
「お、おい!泣いてんのか?」
――ドルチェは泣いていた。
その美しい紫の目から、ハラハラと涙がこぼれ落ちている。
「どうした?え?どうした?手触ったから?ワリィ……」
困惑したフィーネは、パッと手を離した。
「なぜ、離すんだ……」
ドルチェが震える声で言う。
フィーネは慌てて、両手でドルチェの手を握り直す。
「どうしたんだよ!なァ、ドルチェ、大丈夫か?」
ドルチェは顔を背けて、黙ってハラハラと涙をこぼす。
その涙の、横顔の美しさにフィーネは目を奪われた。
(どっかの絵画で見た涙なんか、比べモンになんねェ。)
――こんな美には、悪魔でもひざまずくしかない。
黙り込むフィーネに、ドルチェが限界になる。
「何か言え、小役人。」
「ハ、ハァ?
――べ、べそかいてるデベソに、掛ける言葉なんかねェだろ!」
「べそかいてる……デベソ……」
フィーネは言い過ぎたと内心慌てた。
「な……涙を、涙を拭けって!」
「貴様が拭け。貴様のせいで泣いたんだ。」
「ハァ?何様だ……クソ高官め……
ハンカチどこだ?テメェの、お綺麗なハンカチ!」
「ヒップポケットだ。」
「ケツ?すかしやがって……」
何気なくドルチェのヒップポケットに手を伸ばしたとき、
フィーネの目は、今度は、ドルチェの体のラインに奪われた。
思わず、ドルチェの体に触れようとした手を慌てて止め、
フィーネはポケットからハンカチを引っ張り出す。
「ホレ、拭いてやるよ。」
何かを隠すかのように、まるめたハンカチで、ドルチェの顔をゴシゴシこする。
「雑過ぎる!」
「竿付けた男に雑もクソもあるか。ホレ、反対側も出せ。」
ハンカチでこすられた頬は赤くなり、
乱れた白髪すらその美貌を華麗に縁どっている。
潤んだままの紫の瞳が宝石のように煌めく。
悪口を吐きながら、フィーネの目はそんなドルチェの顔に釘付けだ。
しかし、それに気づかず、ドルチェは憤然としてハンカチを振り払う。
「もういい!離せ!そんなんだから、貴様は童貞……」
次の瞬間、ドルチェは目を見開いて固まった。
ひんやりしたフィーネの唇が頬に触れたからだ。
***
フィーネの唇は、ドルチェの頬に残る涙を優しく吸い取る。
そのまま唇をずらして、目じりの涙も吸い上げる。
ゆっくり唇を離すと、フィーネは問う。
「どうだ……?ドルチェ?」
その低い声は、まるで許しを乞うような口調。
ドルチェは全身に強烈な衝動を感じた。
(――これは何だ?
私は、この悪魔を……私に跪かせたいのか……?)
ドルチェは、急にフィーネの肩を両手で強く掴んだ。
フィーネは、眼鏡の奥から、ドルチェを見つめている。
「まだだ。
――反対側も拭くんだ。貴様の唇で。」
フィーネは言われるままに、反対の頬に唇を這わせる。
ドルチェの顔は、もう髪の付け根まで赤く染め上がり、
ハンカチでこすった後はもう分からない。
一方のフィーネの顔にはじっとりと汗がにじみ、
荒くなっていく呼吸がドルチェの頬をかすっていく。
――私は、
口も態度も悪く、
雑で、
童貞で、
蕩けるような冷たい唇の、
この男を、
壊して、
世界一大事に――
ドルチェの衝動は、また、
あの夜の庭のときのように、抑えきれない身体の変化として現れようとしていた。
(これ以上は駄目だ!)
焦ったドルチェが、フィーネから身を離そうとした次の瞬間、
フィーネの方が、パッとドルチェから飛びのいた。
「これ以上は駄目だ!」
フィーネが叫ぶ。
眼鏡の奥の瞳が、まるで怯えたように、青く青く、輝いている。
(フィーネが私から離れてしまう……)
青い視線から逃れるように、フィーネの足の方を見た瞬間、
――フィーネの身体の一部が目に入った瞬間、
ドルチェは、強烈なパンチが顔面に叩き込まれた気がした。
「フィーネ……」
フィーネは既に後ずさりしている。
「待て、フィーネ。」
「いや、待たねェ。
もう帰ろうぜ、お互い……」
そう言うなり、フィーネは、ドルチェの顔を見ないまま、
風のように走り去って行った。
9月16日完結予定です。
このお話は序盤から糖分高めですが、後半に行くほど糖分・恋愛描写も濃くなり、身体的な関係も進展します。 よかったら、下の「リアクション」をポチッとしてもらえると嬉しいです。
『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。
全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。




