便利な「友人」
一時間ほど経っても、フィーネとドルチェは遺跡に座って、ヒソヒソと語り合っていた。
二人ともペンとメモまで取り出している。
ヒソヒソと話すから、互いの言葉が聞き取りにくい。
聞き直そうと耳を差し出すと、相手はもっと顔を寄せて、ヒソヒソと言い直す。
二人は、隙間がないほどピッタリと身体を寄せ合っている。
意見を聞くために、同意を示すために相手の顔を見る。
恋人同士のような顔の距離も、今は難なく許される。
いつもは見られない互いの表情や仕草を、触れ合う距離で感じながら、
寒空の下、二人はずっとヒソヒソ、ヒソヒソと続けている。
しかし、夜が更けるにつけ、周囲の濃密さは深まっていく。
あちらこちらから抑えた喘ぎ声が聞こえてくるが、
近くのカップルの女が男を跨いだ瞬間、フィーネが勢いよく立ち上がった。
「おい、そこまでだ、テメェら!!!」
フィーネは州警備隊副長の手帳を振りかざしながら、大声を出す。
「それ以上は、州警備隊が許さねェ。とっとと帰れ!!!
――おい、服を着ろ!服を!!」
さっきの跨がれていた男が怒り出す。
「お前だって、ずっとその男と絡んでただろうが!」
「――我々は、会議だ。」
急にドルチェがそのカップルを覗き込んで言う。
女の方はドルチェの美貌に圧倒されて、急いで身支度を始める。
男もつられて動き出す。
「便利な顔面だな……」
フィーネが呆れたように呟くが、ドルチェは気付かない様子だ。
その場にいた残りのカップルも気怠そうに動き出す。
「そろそろ、私たちも帰ろう。
――また、会議してもいいか?」
尋ねるドルチェに、フィーネはニヤリと笑う。
「今度は昼にしねェ?業務時間内な!」
「それは名案だ。」
二人は並んで歩き出す。
「今、どこに住んでんの?宿舎?」
「いや、ペントラ区の借家だ。」
「ペントラ?えらく遠いな!
所長たちの宿舎あンだろ?結構立派で、庁舎に近いやつ。」
「あ……ああ……」
ドルチェはチラリとフィーネを見て、少しうつむく。
「あれは立派だが、ホテルみたいに受付があって、
関係者の家族だって、結構住んでいる。」
「おん?嫌なのか?」
「あ、当たり前だ!私は、ここに……その、こ、声が、だからフィ……」
「ハハハハハハ!そうだ!思い出した!
テメェ、女の声がうるせェっつって、ホテル追い出されてたもんなァ!」
「あ、ああ……そ、そうだ。だからフィ……」
「せいぜい毎晩励め、スケコマシ!」
「クソ悪魔が……」
小さくつぶやいたドルチェが、急に立ち止まる。
「庁舎まで10kmくらいだろ?馬車でお迎えか?」
「黙れ、鈍感災害!!!」
フィーネが驚いて振り返ると、
ドルチェは手袋をはめた手を固く握りしめ、
額に当ててうつむいている。
「何だとテメェ、急にキレてんじゃねェ!パワハラ代行が!」
「パワハラ……」
ドルチェはだらりと手を垂らすと、首を横に振りながらゆっくり歩き出した。
「やめよう。解雇事由に該当する。」
そう言うなり、コートと手袋を脱ぎ、ネクタイを緩める。
「何だ、やんのか?」
身構えるフィーネに、ドルチェは、また首を横に振る。
「走って帰るんだ。馬車じゃない。
私も走って通勤している――前に、貴様とそうしたように。」
フィーネはポカンと口を開ける。
ドルチェはフィーネの目を凝視した。
「その綺麗な青い目で、地図をよく見ておけ。
ペントラ区と貴様の家の直線距離を測ってみるんだな。」
フィーネはハッとしたように目を見開く。
ドルチェは、震える声を絞り出した。
「女の声だと?ハ……ハハ……笑えるな。
どこをどうすれば、そんな……
――そんな冗談が言えるんだ?」
「べ、別に、冗談じゃ……」
「じゃあ、本気か?
――本気なんだな?」
ドルチェの紫の瞳がすい星のように燃え上がっている。
フィーネはたじろいだ。
「な、なんだよ……」
「本気か、そうか……友人だからだな?そうだな?」
北風にあおられる白髪と、今にも泣き出しそうな瞳が揺れている。
「私が女と寝ても、貴様は気にならない!便利だな!友人ってやつは!!」
ドルチェはパッと目を逸らすと、急にもと来た道を戻り始めた。
「テメェ、どこに……」
「街に戻る。娼館に行く。」
「ハァ?」
今度はフィーネが怒声を上げて、ドルチェの襟首を掴む。
「なにゴネてんだよ、白ネズミ!
言いたいことあンなら、はっきり言えよ!」
ドルチェがフィーネの赤い髪を引っ掴む。
「はっきり言えだと?どの口がそんな腐った台詞を吐くんだ、アア!?」
そのとき、犬を連れた老婆が曲がり角から現れた。
二人はパッと身を離し、顔を背け、荒い息を整えながら、老婆が通り過ぎるのを待つ。
奇妙な沈黙が二人に訪れる。
が、しばらくすると、ドルチェが目を閉じて呟いた。
「やはり、家に帰る。」
そして、取り落としたコートと鞄を拾い上げる。
うつむいていたフィーネは、落ちたままの手袋をそっと拾うと、ドルチェに差し出した。
ドルチェがフィーネの手から手袋を受け取ろうとした瞬間、
フィーネはその手を素早く握りしめた。
9月16日完結予定です。
このお話は序盤から糖分高めですが、後半に行くほど糖分・恋愛描写も濃くなり、身体的な関係も進展します。 よかったら、下の「リアクション」をポチッとしてもらえると嬉しいです。
『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。
全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。




