またいつか、会いに来る
シュッ…
シュッ……シュッシュッ……
とうとう汽車が動き出す。
二人はもう一度、唇を重ねようとしたが、掠ることもできないまま離れて行く。
窓枠に手をかけて身を乗り出すドルチェが遠ざかって行く。
フィーネは動けない。声も出ない。
ただ、強い日差しを受けて白く輝くドルチェを凝視する。
――またいつか、会いに来てもいいか?
あの言葉が、
結局、泡沫のように流れ去るとしても……
優しくて誠実な、美しい、紫の瞳を持つ、エリート白ネズミ、
オクタヴィア・ドルチェ、
――テメェは、
悪魔として人間の命に服し、
人間と関わり、
人間にうんざりしていた俺の、
俺の……唯一の光。
「さようなら……俺の光。」
涙は流れない。
ただ、もう影も見えない、汽車の去って行った日差しの向こうを、
フィーネはぼんやりと、
見つめているだけだった。
――――
――
***
「なんで兄弟なのに、できないんだよ!
俺とレオは双子だぞ?」
「双子も玉子も関係あるか!委任状を持ってこい!
ハイ、この用紙です!
――出直してきな!」
「地獄に落ちろ、赤メガネ!」
「血の池なんざ温泉だ。おい、レオのサインを忘れんな!」
役所に響くフィーネの声。
「フィーネ君は今日も元気だねぇ。
私の胃は縮むばかりだよ。」
ゆっくりと紅茶を飲みながらラルゴ課長が笑っている。
「フィーネさん、また美貌全開にしてくれないのかなぁ……」
「分かる。もう一度やってくれたら恋に落ちる準備できてる!」
皆ドッと笑い出す。
「おん?なんか俺のこと言ったか?」
窓口にいるフィーネが振り返ると、皆、楽しそうに首を縦に振るが、
フィーネは「ああ、そう。」とぼやいて、また前を向く。
あれから一か月。
フィーネの毎日は変わらない。
ドルチェが来る前の毎日と。
その変わらない毎日は、たった数日のドルチェとの日々を、痛いほど浮き立たせている。
いっそ童貞を卒業だと決意して娼館に向かおうとしたが、庭の草が目に入った瞬間にやめた。
首都に向かう汽車の切符を買ったこともあるが、それも革鞄に入ったままだ。
フィーネは革鞄の外ポケットを少し覗く。
切符がチラリと見える。
「ハァ……」
フィーネは深くて長いため息をついた。
これは何だ?
病気か?
病気だろ……
フィーネは「窓口休止中」の札を立てると、頭を抱えた。
(何が「鈍感災害」だ。
テメェの方がよっぽど災害だ。クソォ……)
すると、窓口で咳払いが聞こえ、カサリと紙が差し出される。
フィーネは顔も上げずにシッシと手を振った。
「別の窓口をご利用ください。あ、整理券は取れよ。」
「この窓口を利用したいのだが。」
その美しい声に一瞬固まったフィーネは、
期待が外れることを恐れるように、ゆっくりと顔を上げた。
そこには、瀟洒なコートと帽子を身に着けた背の高い男が立っていた。
フィーネは呼吸も忘れて、目を見開いた。
「ド……ド……」
「ド・レ・ミ・ファ・ソル・ラ・シ……」
その男は、優雅に受付に肘をついてフィーネを覗き込むと、ゆっくりと帽子を脱いだ。
「ドルチェ……」
次の瞬間、フィーネは椅子から飛び上がって叫んだ。
「ドルチェ!?」
驚いた人々の視線が集中する。
ドルチェは全く気にする様子もなく、フィーネに顔を寄せる。
「また、会いに来た。」
フィーネは、慌てて目を逸らす。
「会いに来たのが、早すぎたか?」
「遅ェよ!」
フィーネは、思わず転がり出た言葉に自分でも驚いたが、
ドルチェの方はと言えば、顔を赤らめてうつむいてしまった。
「すまなかった……」
フィーネが魚のように口をパクパクさせていると、
後ろで、課員に説明するラルゴ課長の声がした。
「明日から、アマデウス州庁の所長代行として、
ドルチェ様が就任されます。」
フィーネは口を開けたまま、完全に固まった。
「観光計画があるだろう?
その対応に必要だと説得して、何とか異動を勝ち取ったんだ。」
ドルチェはようやく、元の優美な微笑みを取り戻す。
「じゃあ、これから、ドルチェは……」
「ここにいる――次の異動期までは。」
「ば、馬鹿じゃねェの?」
「じゃあ、貴様も馬鹿か……友人だからな?」
「テメェ……」
睨みつけるフィーネの青い目を、ドルチェは貪るように見つめた。
「フィーネ、本当に……
貴様の目は、
美しい。」
9月16日完結予定です。
このお話は序盤から糖分高めですが、後半に行くほど糖分・恋愛描写も濃くなり、身体的な関係も進展します。 よかったら、下の「リアクション」をポチッとしてもらえると嬉しいです。
『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。
全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。




