窓越しのキス
翌日、ドルチェは、首都に向かう汽車の座席に腰掛け、出発の汽笛が鳴るのをぼんやりと待っていた。
昼前の日差しは強いが、アマデウス州の駅はのどかだ。
ホームにはほとんど人影もなく、
たまに乗り込む客も、包帯やガーゼで顔を覆い、松葉杖を隣に置くドルチェを見ると、
そそくさと車両を変えるから、貸切車両のようだ。
昨日、フィーネが「終局」を発動したところで気を失ったらしく、
気付いたときは、すっかり夜で、病院の寝台に寝かされていた。
朝起きてからは、検査だなんだと慌ただしく、
役所には感謝の辞を使い走りの少年に言付けて、病院からそのままこの駅に来たのだ。
(あの後、フィーネは大丈夫だったのか。)
朝、病院に会いに来てくれるのではと少しでも期待した自分が恥ずかしい。
フィーネも具合を悪くしているかもしれないし、
具合が良くても役所の仕事がある。それに……
(あの言葉はどこまで本当だったのだろう。)
――悪魔のお遊びだよ。
――中央から澄ました顔して来たエリート官僚様が、
――何日目で俺に堕ちるかっていうゲーム。
言葉自体は、本当じゃないとドルチェも思っている。
しかし、フィーネが自分を突き放そうとしていたことは間違いない。
(男なのに、キスして、抱こうとしたからか。)
考えてみれば当然のことだ。
友人としての親愛を踏み越えて、肉欲に誘えば、誰だって……
(クララ嬢と同じことが起こるのを恐れたのか。)
これは間違いない。
フィーネを愛した者は死ぬ。
アイツは、あの墓穴の分だけ、あるいはそれ以上に、
自分に堕ちた者たちの末路を見ているのだ。
そして、悪魔のくせに、そのことでボロボロに傷ついているのだ。
(でも、私は生きている。)
分からない。
自分の気持ちが何なのか、
これが愛ならどうして生きているのか。
分からないが、気になっているのは自分のことではない。
(フィーネが、私のことを、どう思っているかだ。)
その途端、ドルチェは息苦しくなった。
(心配したり、助けに来たり――私を友人だと思っているから?)
ホームから、駅員がもうすぐ出発だと乗客を促す声が聞こえる。
ドルチェは、目を閉じて、深いため息をついた。
***
バンバンバン!
窓を雑に叩く音に驚いて目を向けたドルチェは、
アッと声を上げた。
フィーネが窓の外に立っていたのだ。
ドルチェは勢いよく立ち上がった。
捻挫の足でよろめきながら、大急ぎで窓を開ける。
「フィーネ……」
フィーネは、普段通りの格好に戻っていた。
分厚い前髪、眼鏡、野暮ったいシャツにサスペンダー。
黒いタトゥーは消え、赤い髪も青い目も、いつものとおりだ。
「これ、持ってけ。」
急に紙袋を差し出す。
反射的に受け取ったがズシリと重い。
「鍋?」
気の抜けた声を上げて、思わず鍋の蓋を開けたドルチェは、目を見開いた。
茹でたマカロニと鶏肉のトマト煮込みが入っていたのだ。
「マカロニは塩かけてるから。」
「鶏肉に砂糖は入れたか?」
「入れたよ!細けェな!」
「おい、私は松葉杖だ。もっと軽い入れ物に……」
「蓋があるのが、鍋だけだったんだ!」
ドルチェはマカロニを一つ口に入れる。
「塩加減はいいが、茹で過ぎだな。」
「馬鹿じゃねェの?まずくても美味しいって言うシーンだろ!」
「ハッ!さすが、童貞は夢見がちだな。」
フィーネが何かを言い掛けたとき、
耳が割れそうな汽笛が鳴り響いた。
雑な罵り合いとは正反対の、切ない視線が互いを行き交う。
ドルチェは鍋の入った紙袋を置くと、一瞬唇を噛んで、言葉を吐き出した。
「私たちは、いい友人だな。」
フィーネは黙ってドルチェを見つめた。
ドルチェは絞り出した。
「いい友人だから、またいつか、会いに来てもいいか?」
「ヘッ!バーカ。」
フィーネはドルチェの胸を、拳でゴツンと突いた。
「テメェは、俺の友人だ。」
その言葉にドルチェの心は切り裂かれるようだった。
思わず目を逸らすドルチェに構わず、フィーネは続ける。
「友人ってよォ、考えてみりゃ、なんでもできるよな。
マカロニ茹でたり、
走ったり、
草むしったり、
相手のこと考えたり、
心配したり、
助けたり……そう思わねェか?」
急な質問に戸惑ったドルチェが顔を上げると、
フィーネがパッと顔を寄せて、ドルチェに窓越しのキスをした。
発車を控える車両の振動が大きくなり、二人を隔てる窓もビリビリ揺れている。
ドルチェも唇で応え、フィーネがまた唇で応える。
二人は今ここがどこかも忘れ、互いの唇の感触に無我夢中だ。
二度目の汽笛が鳴り響き、ようやく二人は唇を離した。
フィーネは熱い吐息のまま、ドルチェを見た。
「ほら……キスだってできるだろ?」
9月16日完結予定です。後半は恋愛描写も濃くなり、二人の身体的な関係も進展します。
『十二支の鼠の少年王は猫を愛したい』も連載中です。
全133話、完結まで執筆済み。毎日更新予定。




