紫の瞳に捧げる終局
そっとドルチェを座らせたフィーネは、
顔を寄せ、低い声で囁いた。
「しっかり見ろよ。
テメェが求めた野郎は、醜い悪魔だってことを。」
ゆっくりとフィーネは立ち上がる。
その瞬間、黒い茨の蔦が、全身から四方八方に猛然と伸びていく。
蔦に囲まれた人々は虚ろな目になり、それぞれ黒い霧に包まれて立ち尽くしている。
「ハハハハハ…」
その光景に凍り付いていたドルチェは、
笑い声を耳にして、ハッとフィーネを見上げた。
フィーネの髪は燃える炎のようにメラメラと風になびき、
精悍な身体は黒ずみ、
皮肉な笑いが漏れる口からは牙が伸び、
青い目はこぼれ落ちそうなほどの光に満ちている。
視線に気づいて、チラリとドルチェを見たフィーネは、
すぐに前を見て自嘲的に笑った。
「テメェの綺麗なお目々を開けて、よォく見ろ。
悪魔は、
――悪魔だ!」
フィーネはシャツを引きちぎる。
心臓がない左胸に刻みつけられた奇怪な模様が光を放ち、
まるで血流のように、全身に浮き出た模様を光が駆け巡る。
(フィーネが顔を赤くするのは、
これがあるからか…)
ドルチェの頭に、ふと、この状況にそぐわない考えが浮かび、
眩しそうに異形のフィーネを振り仰ぐ。
(なんだ……やっぱり、
美しいじゃないか……)
目を蔦に戻した瞬間に、ドルチェは息を飲んだ。
人々を取り巻いている黒い霧が、茨を伝うようにフィーネに纏わりついている。
「大丈夫か!フィーネ!!」
ドルチェは思わず叫ぶ。
フィーネはドルチェを真っすぐ見た。
「これが俺の力だ。
人間の憎悪を食う――悪魔の力だ。」
その間にも黒い霧――憎悪は、茨を伝ってフィーネの身体に入り続けている。
ゴフッ
フィーネの口から黒い血が噴き出た。
「フィーネ!!もうやめろ!!!」
ドルチェはフィーネに飛びつき、黒い蔦を短剣で力一杯切り払おうとしたが、
全く歯が立たない。
「おいおい、悪魔に憎悪はつきものだろ。
これは血じゃねェ……人間の憎悪の結晶だ。
テメェは黙って見て……」
「黙れ、小役人!!!」
急にドルチェが、フィーネの顔を力一杯ぶん殴った。
フィーネの口から黒い結晶がまた噴き出て、
ドルチェの顔や髪にべっとりと張り付く。
「っテェなァ……力を使えっつったのは、テメェだろ!白ネズミ!」
「言った!私が言った!」
そう叫びながら、ドルチェはワイシャツを脱いで手に持つと、
フィーネに纏わりつく黒い霧を、ワイシャツを叩きつけて振り払う。
「こんなに、貴様が苦しいとは思っていなかったんだ!」
「馬鹿じゃねェの!?」
ドルチェは、勢いよくワイシャツを叩きつけ続ける。
その美しい上半身に刻まれた暴行の傷から血が流れ出す。
「どうせ馬鹿だ!私は!!」
この間にも、黒い霧は休みなくフィーネに流れ込んでくる。
「ドルチェ!もういい!
解放した力は止められない!
後は【終局】するしかねェんだよ!」
「おい、フィーネ、ここをよく見ろ!」
ワイシャツを叩きつけた黒い霧が、白い煙のようになって空に昇っている。
「なんだこれは……?」
フィーネは茫然と白い煙を目で追い、
ドルチェは夢中でワイシャツを振る。
「憎悪が浄化されてるんじゃないのか?」
「テメェは天使かよ!そんな馬鹿なこと……」
「知るか!どうなんだ、フィーネ!まだ苦しいか!?」
その言葉にフィーネはハッとした。
確かに、入り込んでくる憎悪が減って、
楽に憎悪を「食える」。
フィーネは、必死にワイシャツを振るうドルチェの横顔を見つめた。
ドルチェが振るうワイシャツが憎悪を浄化しているのか、
それとも、ドルチェがいるおかげで自分の器が広がるのか、
――分からない。
でも、一つ、分かるのは……
「ドルチェ。」
「黙れ、小役人。私はやめない。」
「ドルチェ。」
「おい、コツを掴んできたぞ。」
「俺の方を向いてくれ、ドルチェ。」
「何か言ったか?」
「目を見せてくれ、頼むから。」
ワイシャツを振るう手を止めて、
訝しそうにこちらを向いたドルチェの紫の目を、
フィーネはじっと見つめた。
「ドルチェの目、スゲェ綺麗だ。」
一瞬呆気にとられるドルチェの耳元に口を寄せ、
「Ai tuoi occhi」
と素早く囁くと、もうドルチェの方は見ずに、フィーネは声を上げた。
「よし、もう十分だ!
このくだらねェ憎悪と紛争に、
終わりを与えよう。」
そして、フィーネは静かに呟いた。
「では、この件は
――終局だ。」




