悪魔の力
庁舎のエントランスは、職員と市民が集まって騒然となっている。
「どけよ!どけ!」
叫びながら人混みをかき分けると、次第に視界が広がってくる。
そこで目に映ったのは、膝をついて、抵抗する気配もなく、手を後ろに組んで、複数人に殴られているドルチェの姿だった。
「ドルチェ――――!!!」
その声を聞いて振り返ろうとするドルチェを、また男が殴る。
フィーネがつんのめるように人混みを抜け、猛然とドルチェに向かおうとした瞬間、
「フィーネさんだ!」
「押さえろ!」
急に職員が数名で押さえ込んでくる。
その中にはラルゴ課長もいる。
「離せ!離せ!なんだテメェら!!」
「もっと連れて来い!フィーネさんは馬鹿力だぞ!!」
何とか顔だけ上げると、相変わらず全く抵抗しないドルチェが、殴る蹴るの暴行を受けている。
「テメェら、何してんだよ!助けろよ!!
ドルチェが死ぬだろうが!」
「ドルチェ様が絶対に手を出すなと言ってるんだ!」
ラルゴ課長が絶叫する。
「馬鹿じゃねェの!?」
その間にも、ドルチェが前かがみになって倒れ込む。
「俺のことでやられてんのか!?答えろ!」
「そうだよ!そうだ!
君を処罰なしにしたってことが、陳情した人たちに漏れた!
それで、ここを襲撃してるんだ!」
ドルチェがまた殴られる。
フィーネが呟く。
「離せ……」
「絶対に手を出すなと!フィーネが来ても押さえろと!」
ドルチェの頭が蹴り飛ばされる。
ジリ……
フィーネの赤い髪が逆立つ。
ジリ……
青い目に奇怪な模様が浮かび上がる。
フィーネは押さえていた人々を軽々と、塵のように振り払った。
エントランスに出た瞬間、声が上がる。
「あの男だ!」
「アマデウス州の騒音公害!」
「市民を虐げるゴミ!」
「その白髪も同罪!」
「顔だけのスカシ野郎!」
その瞬間に、フィーネは両手の小指一本で二人の男を吊り上げた。
「ドルチェのことは許さねェぞ。」
フィーネの腕や首に、左胸に刻まれていた奇怪なタトゥーが広がった。
力一杯、二人の男を陳情派の人々に叩き込もうとしたとき、
「やめろ、フィーネ。」
ドルチェの声が響く。
それは、静かで、決然とした声だった。
「私は、暴力で返さない。
話を聞きたいから、警備隊も呼ばない。
――フィーネ。」
禍々しい姿のフィーネを、傷だらけのドルチェは優しく、真っすぐ見た。
「私は大丈夫だ。
――死なないよ。貴様のために。」
フィーネは、ぼんやりと口を開けたまま、男たちをバタリと地面に落とした。
その背後で、集まった一般の人々の声が次第に高まっていく。
「抵抗しない職員に暴行?」
「ひどい……」
そのとき、街路の方からざわざわと声が上がる。
「その赤い髪の人は、助けてくれた!」
――それは、何十人もの市民や職員だ。
「付きまといが怖くて相談しても、誰も相手にしてくれなかった。
その人だけが調べてくれた!」
「くだらない俺たちの夫婦げんかに付き合ってくれた!」
ガッロ夫妻が進み出る。
庁舎の職員たちも震える声を上げる。
「フィーネさんは、いつも遅くまで仕事をしているんです。」
「が、がさつだけど……」
「誰よりも働いてる!」
「僕たちを守ってくれる!」
見ている者たちは、この光景に息を飲む。
次第に、群衆の中から声が上がり始める。
「アイツら、いつも役所で騒いでいる迷惑な奴らだろ?」
「そうよ、あの人たちが居座って怖いから、役所に行けなかった。」
「赤い髪の男が来てから、そういうことがなくなったわ!」
傷だらけのドルチェがゆっくり立ち上がる。
「私は陳情を受けて、中央からこの州に調査に来ました。
その結果、この赤い髪のカーポ氏には問題なし、
――口の悪さについて注意する、と結論付けたのです。」
あちらこちらから拍手が起こる。
「しかし、それを不服とするこの者たちが、
ご覧のとおり、私に暴行を加えた――それが、今の状況です。」
フィーネはただ茫然と、
目の前の、腫れ上がった顔のドルチェを見つめている。
背後の群衆から、陳情派を罵る声が聞こえてくる。
ドルチェは声を上げた。
「この者たちは、これから警備隊に渡します。
皆さんがこの者たちを罵れば、皆さんもまた、この者たちと同じになってしまう。
だから……
終わりにしましょう。」
ドルチェは振り向くと、よろめきながらフィーネに向かって来ようとする。
が、次の瞬間、大きく体勢を崩した。
フィーネは飛びつくようにドルチェの身体を受け止める。
「ドルチェ!大丈夫か?ドルチェ……」
「フィーネ……使うんだ。今、貴様の力を。
――終局を。」
フィーネは、一瞬、人々の方を見やった。
しかし、すぐに視線を戻すと、ドルチェの腫れ上がった瞼をそっとつついて、深く頷いた。
「テメェに特等席で見せてやるぜ。
悪魔の力を。」




