通い合う未来
「――ええ、そうです。この遺跡を中心とした観光計画です。」
数人の話し声が近付いてくる。
「この遺跡は、夜は治安も悪く、犯罪の温床になっている。
――よく巡回に来ている職員もいるようですが……」
ドルチェの声だ。
「ここは教科書に載るほど価値があり、知名度も高いのに活用されていない。
観光資源として整備すれば、治安の回復もまとめて改善……」
そのとき、職員の一人が、こちらに背を向けて昼寝をしている男を見つけ、
小さく「アッ」と言った。
――赤い髪で、長身の男など、この町に一人しかいない。
「少し失礼します。
どうぞ、ドルチェ様、続けてください。」
その職員は、急いでフィーネに近づく。
「起きろ!ドルチェ様がこの遺跡の視察に来ているんだ!
うちの恥をさらすな!」
「……ん……」
のびをしながら上体を起こすと、「おん?誰が来てるって?」と聞く。
いつもと違うフィーネの顔に鼻白みながらも、職員は続ける。
「ドルチェ様だよ!今すぐ立ち去ってくれ!フィーネ!」
「ド……ドルチェ? ――なんで、ここに?」
「この遺跡の観光計画の視察だってよ。さあ、分かったら早く……」
「その必要はありません。」
急にドルチェが職員の後ろに立った。
フィーネは反射的にうつむく。
「職員の昼休みの時間は、最後の一分まで彼らのものです。
今は12:57……三分以内に帰ることができれば、全く問題ありません。
――さあ、続けましょう。」
ドルチェは職員を促して、一度も振り返らずに戻って行った。
職員は、「命拾いしたな!」と片目をつぶると、急いでドルチェを追いかける。
フィーネは懐中時計を目にした瞬間「ヤベェ」とつぶやくと、
飛ぶように走り出し、遺跡から姿を消した。
離れた場所から、ドルチェは、そのフィーネの姿を目に焼き付けるように見ていた。
が、職員の視線に気づくと、すぐにやつれた顔に美しい微笑みを浮かべた。
「ああ、先ほど申し上げた、夜にここを巡回している職員は、あの男のことです。」
***
「――今夜のドルチェ様の送別会は、近くの小さなレストランです。
ドルチェ様がね、明日も平日だから、
大げさにせず、時間も短くしましょうってねえ。」
「想像と全然違って、すごく気遣いする方ですよね、ドルチェ様って。」
「分かる!中央のエリート高官って、顎で人を使うのかと思ってた。」
「数日間、目と胃袋の保養をさせてもらったね。」
「今日はフィーネさんにまで保養させてもらってるし。」
「……あれ?フィーネさんは?」
「会計課との会議に出てる。」
「え?あの姿で?――死者出そう。」
課員たちはドッと笑ったが、笑顔のラルゴ課長がパンパンと手を叩いた。
「さあ、皆さん、経費で落ちるお食事会まで、あと少し頑張りましょう!」
***
フィーネは、会計課の長い会議にすっかりうんざりしていた。
「あー、お話し中すみませんが、俺はそろそろ退出していい?
後はおたくらが決定する話だ。」
「もう少しで終わりますから!滅多にない顔……機会ですから!」
フィーネは煙草の煙をため息のように吐きながら、さっきの話を思い出した。
(遺跡の観光計画……アイツ、俺と同じこと考えたのか……)
二人で資料や地図を広げて、書類とにらめっこしたり、
お偉い方に頭を下げている姿が夢のように流れていく。
が、ふと耳を澄ました。
(何か、変な声がしなかったか?)
もう一度耳を澄ますと、外で、人が声を上げている気がする。
「なァ、外が騒がしくないか?」
フィーネは会議室の人々に尋ねる。
皆、一瞬静まって耳を澄ます。
「いや、特に聞こえませんね。」
「そうか……」
また会議が再開したそのとき、ワッという大勢の人間の声が確実に聞こえた。
フィーネは窓に飛んで行って、声の方を見る。
庁舎のエントランスで影になってよく見えない。
窓を開けて、身を乗り出したとき、
フィーネの耳を、しゃがれた怒声が貫いた。
「お前か!騒音公害をかばっている高官は!!」
次の瞬間、床に叩きつけられた白髪がフィーネの目に飛び込んだ。
「ドルチェ!!!」
絶叫したフィーネは、会議室のドアを体当たりして壊し、
廊下や階段の人々を吹っ飛ばしながら、
狂ったようにエントランスに向かった。




