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光に溶ける悪魔

翌日の役所の窓口は、ひどくざわついていた。


驚くほどハンサムな男が、受付に座っていたのだ。


「実印持って来てねェの?ハァ?未登録?」


そのガサツな声は明らかにフィーネだ。


しかし、眼鏡はかけておらず、

いつも重たく垂れさがっている前髪も整えられている。

服もパリッとした白いワイシャツにネクタイをしている。


「ラルゴ課長、フィーネさん……何があったんですか…?」


課員たちがヒソヒソと話す。


「眼鏡を修理に出したんだって。

眼鏡店で、店員がインクを掛けちゃったみたいで……

代わりの服を着たみたいだよ。

――で、店員に髪までセットされたってぼやいてた。」


ラルゴ課長がおかしそうに話す。課員は受付にいるフィーネを振り返る。


「めちゃくちゃ男前じゃないですか。」


「どなたのことですか?」


急に降ってきた声の主は、ドルチェだった。


「ドルチェ様!」


皆、驚いて立ち上がる。


「――フィーネ係長です。今日はご尊顔を全開にしていて、我々も驚いているんです。」


「あんなにハンサムなら、いつもああいう風にしていればいいのに……

ドルチェ様もそう思いますよね?」


何気ない課員の問いかけに、一瞬うつむいたが、

すぐに微笑んだ。


「ええ、そうですね。美しいものは……

皆で愛でないと。

――独り占めするものでは……ありません。」


課員は和やかに笑い合う。


「でも、美しいと言えば、やはりドルチェ様が……」


そう言ってドルチェを見上げた課員は驚いた声を上げた。


「ドルチェ様、具合がお悪いんですか?」


ハッとドルチェを見た課員たちは皆アッと声を出す。

――目は腫れ、隈が浮き、頬もこけ、顔も土気色なのだ。


ドルチェの場合、そんな顔ですら、普段とは異なる美しさではある。

しかし、昨日までの完璧な、他人を寄せ付けないほどの美しさは遠くに去っているようだ。


「いいえ、身体は元気です。

――少し出張の疲れが出ているかもしれませんが、ご心配なく。」


向こうでフィーネが大声を上げている。

ドルチェは目を背けて、ラルゴ課長の席に近づいた。


「フィ……カーポ係長の調査報告書を作成しました。

念のため、ラルゴ課長に内容をご確認いただこうと……」


「ありがとうございます……」


ラルゴ課長はいかにも不安そうに報告書を受け取って、

チラリとドルチェを見る。


「フィーネ君の処遇は……」


「報告書をご覧ください。私の考えが書いてありますから。」


ラルゴ課長は慌てて書類をめくる。


「それでは失礼します。この後すぐに会議ですので。」


ドルチェは静かに立ち去った。


***

しばらく書類を読んでいたラルゴ課長は、勢いよく立ち上がった。


「ドルチェ様!」


課員が驚いてラルゴ課長を見る。


「さっき、出て行かれたじゃないですか。」


「あ、そうか……」


しりもちをつくように、ドスンと椅子に座り直す。


視線の先には、相変わらず、

手際よく、効率よく、荒々しく、

煙草を吸いながら受付にいるフィーネがいる。


「課長、どうしましたか?なんだか嬉しそうですね!」


「いやあ――皆、これはまだ内密になんだけど……」


リリリリリリリリリリーーーン


昼の鈴が鳴る。


女子職員が賑やかに笑いながらフィーネに近づく。


「フィーネさん!これからお見合いですか?」


「違ェよ!今日、眼鏡の店でインクを……あー、面倒くせェなぁ!!」


フィーネは執務室を飛び出して、外に駆けて行った。


***


(――意外と、行く場所なんてねェな。)


外に出たフィーネは思った。


(この州に異動してからも、家と役所を往復してるだけだもんな。)


道行く人が振り返るが、フィーネは特に気付かない。

行く当てもないまま、路地に入る。

この路地を抜けると、数日前に行った遺跡がある。


(そういや、あの日だったな。アイツの股間を蹴ったのは。)


クスリと笑いが込み上げると同時に、

昨夜のドルチェの、身体ごと自分を求めるその姿が鮮烈に浮かんでくる。


フィーネは立ち止まった。


が、すぐに大股で歩き始める。

足に当たったゴミが吹っ飛んで壁に当たり、

居眠りしていた猫が飛び上がる。


今は昼。

あの日と違って、路地を抜けた先の遺跡には暖かな光が広がり、

昼の休憩でくつろぐ人や石段で遊ぶ子供たちが、

趣深い情景の一部を成している。


(この遺跡、治安とか道とか整えたら、結構いい観光地になると思うんだけどなァ……)


クソ夫婦の案件で、一人二人、鼠をしょっ引いたところではどうにもならない。


(そういや、昼飯買ってなかった……)


フィーネは、ゴロリと石段に横たわり、その長い足を組んだ。


目を瞑っても、自分の身体が光に包まれていることを感じる。


(悪魔って、日光浴びたら溶けちまうんじゃねェの?)


マカロニを奪い合ったときの少年のような表情――あの辺りからもう、

ドルチェの美しい光に、溶かされていた気がする。


あの辺りから……

いや、もっと前……もっと……


気付けばフィーネは、

深い眠りに落ちていた。



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