終局―エンデ―
リリリリリリリリリリーーーン
役所の鈴が鳴る。
「あー!終わった終わった!定時!」
フィーネはくたびれた革鞄を手に持つと、さっさと扉に向かう。
が、煙草をくわえたまま振り返り、
「なあ、アンタらが帰んねェと係長の俺だけサボってるみてェだろうが。
とっとと帰ェんな。」
と声を掛けると、扉を出た。
***
ヒョイヒョイと街の通りを歩くフィーネ。
愛想の悪い親爺の店で、分厚いサンドイッチを買うと、
上着のフードを被って暗い路地裏を歩く。
しばらく歩いて薄暗い遺跡にたどり着くと、石段の端に腰かける。
周囲は、濃密に身を寄せ合う男女も複数いる。
夜のこの遺跡は、そういう場所なのだ。
フィーネは革鞄から書類を出すと、サンドイッチを頬張りながら、目を通す。
周囲の艶っぽい声も聞こえないかのように、
フィーネは書類に目を落としたまま、食べ続ける。
――と、暗がりで接近する男性二人。
この場所では男性同士の逢瀬も珍しくない。
が、フィーネは書類を見るふりをして、赤い前髪と眼鏡の奥から、その男性二人を見ている。
一人が微かに頷く。
そして何かが手渡され――
「――そこまでだ。」
鋼鉄のような腕が、二人の男の首に回されている。
それは――フィーネの腕だ。
「大声を上げたら即死だ――いいか?」
あまりの力に、二人の男は声一つ上げられない。
「お前たちはニコ・ガッロとアドルフ・コーエンだな?」
必死に頷く二人。
「アドルフ――お前が受け取っている金は何だ?」
「……こ……この人に金を恵んでもらって……」
「おん?――本当にそうか?」
フィーネが二人の男を締め上げながら、耳元で囁く。
「エマ・ガッロ」
二人の男は動きを止める。
「ヘッ!馬鹿正直な反応で安心するぜ……
では、そちらの紙を拝見してもよろしいですか、Signore?」
「……」
「黙示の同意に、心から感謝。」
フィーネは左手に男二人を抱え込みながら、右手で落ちていた紙を拾う。
「ほぅ……これは、ガッロさんのお宅、
デパート、ご友人のお宅……奥様のエマさんが行った場所のようだ。
なァ、ご主人――エマさんから役所に相談があった。
知らない男に、付きまとわれて、水を掛けられたり、暴言を囁かれたりするって。
ねえ、奥さん?」
暗がりから、怒りで青ざめた女性が出てきた。
「アンタ……どういうこと?
わ、私は、怖くて、死ぬような思いだったのに……アンタがこの男にさせてたの!?」
「エマ……」
フィーネは面倒臭そうに手を振った。
「夫婦喧嘩は別でやれ。
離婚の御相談は別途窓口でシクヨロ。」
言い争いを始める夫婦をよそに、フィーネはもう一人の男――アドルフをさらに締め上げ、
耳元で低い声で囁いた。
「お前は俺と来い――別件だ。」
フィーネは、懐から取り出した手錠でアドルフを捕縛する。
その間も、夫婦喧嘩は白熱している。
「お前がブルーノと浮気をしたからだ!ちょっと罰を……」
「あの件はもう終わったでしょう!」
「馬鹿を言え、その後も……」
フィーネは、「奥さん」と呼びかけて、被害届らしい紙をヒラヒラさせた。
夫婦二人は、一瞬フィーネに目を向ける。
「では、この件は……」
フィーネは眼鏡を外し、
奇怪な模様を浮かび上がらせた、燃え立つような青い瞳を見開いた。
「終局だ。」
その瞬間、被害届、地図、受け渡した金が、端から砂のように崩れた。
愚かな夫婦は、何かに憑りつかれたように、フラフラと遺跡から去って行った。
***
革鞄と気絶しているアドルフを肩に担ぐと、
フィーネは器用に煙草に火を付ける。
「クソみてェな夫婦だぜ。」
雲が覆う暗い夜空を見上げる。
――何も見えない。
「うんざりだ――人間なんざ。」
ため息のように煙を吐くと、フィーネは暗い路地に向かって歩き始めた。
***
その後、この出来事を見届けていた白髪の、背の高い人影が、
遺跡から静かに立ち去って行った。




