寝顔に頬を寄せて
ドルチェは真剣な顔で腕組みをしている。
その目の前には、チキンのモモ肉がどっかりと入った鍋がグツグツと音を立てている。
先にシャワーを済ませたフィーネが、眼鏡を掛けながら覗きこむ。
「美味そうには見えねぇな。」
「塩は入れたぞ、塩は。」
「ヤベェな、塩への信頼…」
「おい、何かないのか?鍋に入れる……」
フィーネが思い出したように戸棚から、トマトや豆の缶詰を二、三個取り出す。
「これはいけそうだ!」
ドルチェが別の棚から「何だこれは?」と瓶を取り出す。
「おん?あー…二町先の爺さんちの塀を修理したとき、自家製ワインをもらった。」
「公務員失格だな。」
「私的な時間に趣味としてやりました、クソ高官殿。」
「入れてみよう。」
「ワインって飲みモンじゃねぇの?料理に入れんの?」
「知らんが、鶏肉のワイン煮込み――響きが美しい。」
「馬鹿じゃねェの?
美しさ、関係ねェだろ!」
そのやり取りの間に、ドルチェはドボドボとワインを入れてしまった。
アーとぼやくフィーネをチラリと見て、ドルチェは小さく呟いた。
「美しさは関係あ……」
「すッぺェ!」
味見をしたフィーネが大声で叫ぶ。
ドルチェは、フィーネから目を逸らして、小さくため息をついた。
「私もシャワーしてくる。
砂糖を探して入れておけ。」
「料理人気取りかよ!」
「味覚のセンスだ、若造。」
そう言うとシャワールームに消えていった。
***
「塩と砂糖が、一流シェフに勝利したな。」
「信じらんねェな……塩と砂糖に忠誠を誓えるぜ。」
ランプの光のもと、フィーネとドルチェは、
鶏肉と山盛りのマカロニで食卓を囲んでいる。
フィーネはグイグイとワインを飲みながら、思い出したように言う。
「俺のこと若造って言ってただろ?
――アンタ……実は、年食ってんの?」
「二十二歳」
「同い年かよ!」
「悪魔に年齢があるのか?」
驚いてフィーネをまじまじと見つめるドルチェを、
フィーネはジロリと見た。
「おん?俺のこと知ってんじゃねェの?」
「知らないことも多い――国家機密だからな。」
「じゃあ、知らなくていいだろ。」
「知りたいだけだ。
――貴様が良ければ。」
食べ終わったフィーネは、
ワインを片手に椅子にもたれ、
言葉を選ぶように、ゆっくり話し始めた。
「昔々、ある宗教団体が、政府要人の大量暗殺計画を立てて、悪魔を召喚しようとしました。
召喚の儀式の日――出生と同時に死んじまった赤ん坊の中に悪魔が召喚されたときのことです。
情報を掴んだ中央が乗り込んで、悪魔……俺への命令権を団体から奪いましたとさ。
—―それが二十二年前。
だから、正真正銘、二十二歳。」
ドルチェはうつむいて、フォークで豆をつついている。
その姿を見ると、フィーネは思いがけず笑顔になった。
「どうした?」
フィーネの笑顔を訝しそうに見るドルチェの、
中央官庁の若き高官として、期待と羨望と妬みと憎悪を一身に背負っている男には
全く似合わない幼い表情。
(これが、何日か前、気に食わねェ態度で挑発してきて、
俺が股間を蹴った男だ。)
「これは何だ?林檎のジュースか?」
「あ!それは俺が楽しみにしていたんだ……勝手によォ……」
(いや、気に食わねェのは変わらねェよな……?)
「そりゃ、林檎酒だよ。誰だったか、土産でくれて……
アッ、テメェ……全部……」
「酒なのか……こんなに甘いのに……」
「酒だよ!飲んで分からねェの?」
「フフフ」
急にドルチェが、頬杖をついてフィーネを見つめる。
「こっちを見ろ。貴様の目を、私に見せろ。フフフ……」
「テメェ、酒に弱いのかよ!どんな高官だよ!」
呆れかえって叫ぶが、ドルチェは「フフフ……いい気持ちだ。」と笑いながら、
机に突っ伏す。
「憧れのドルチェ様が、笑い上戸か!
台無しじゃねェか!」
立ち上がったフィーネは、バシバシと背中を叩いてドルチェに呼び掛ける。
「ベッドに行けよ、白ネズミ!」
「フフフ……貴様が抱えて行け、小役人……」
フフフ……と機嫌よく笑うドルチェを支えて、寝室に連れて行き、
どさりとベッドに横たえる。
その瞬間、ドルチェの両手が、フィーネの顔に伸びてきて、
ゆっくりとフィーネの眼鏡を外す。
「貴様の目を、私に見せろ。」
ドルチェはフィーネの顔を両手で挟んで、
鼻先が触れ合うほど近くに寄せた。
「――やはりな。」
「何がだよ!」
酔っていないフィーネの方が、たじたじになっている。
「美しい――」
「俺は悪魔だ!」
「フフフ……
貴様が、小役人だろうと終局の悪魔だろうと、なんでもいい……
――貴様の目は……」
そのまま力が抜けて、すやすやとドルチェが寝息を立てる。
(美しいのは、どっちだよ。)
フィーネは、ドルチェの寝顔に引き寄せられるように、顔を寄せていく。
そして、ドルチェの頬にそっと頬をすり寄せると、
逃げるように寝室を出て行った。
――ドルチェは、薄目を開いて、
フィーネの冷たくて柔らかい頬が当たった部分に、そっと手を添えた……




