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愛を望まないでくれと言った夫は、私だけを見ていた  作者: 茉莉花


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第九話:選ばれた少女たち

 リュシエンヌは腕を組み、やや上を見上げると過去へと追想し始めた。




 時は、リュシエンヌが十歳を迎える頃に遡る。




ギルメット伯爵家に一通の書簡が送られてきた。


「リュ、リュシエンヌを呼べ」


緊張の見られる主の命令に、執事は小さく返事をすると部屋から出ていった。




「お呼びでしょうか、お父様」


 綺麗にとかれた長いプラチナブロンドに、エメラルドのような瞳が美しい令嬢は、真っ直ぐに父を見つめた。


「うむ。王宮に呼ばれた。王太子妃教育を受けて欲しいと」


 父の言葉に、リュシエンヌは目を見開く。


「お、王太子妃教育ですか?」


「詳しくはわからんが、王命である以上、王宮には出向かなければならん。準備をし向かうとしよう」


十歳のリュシエンヌは、一般的な貴族令嬢だ。


爵位通りの家格で、中立的な家門、父は文官として王宮に出入りしている。そのご縁からだろうか。




王宮に着くと、そこには、リュシエンヌを含めて五人の令嬢が集まっていた。

皆、それぞれに当主である父親と共に挨拶をし合う。


集められたのは五人の令嬢だった。

筆頭貴族である公爵家から二名。

有力侯爵家から一名。

そして伯爵家から選ばれたのは、リュシエンヌを含め二名だけ。

もう一人の伯爵令嬢は、マリレーヌと名乗った。


 見目はそれぞれに華があり、共通点としては王太子殿下と同い年ということだった。


(私は、この中では最も家格が低いのね……)


 リュシエンヌは失礼のないようにと背筋に力を込める。


「ここにお集まりのご令嬢の皆様方には、これから二年間、王太子妃教育を受けていただきます」


「!」


 これから二年間拘束され、皆が王太子妃教育を受けるというものだった。


「それは、この中の誰かが、ではないというのか?」


 代表して公爵が質問した。


「はい。皆様に受けていただき、最も妃に相応しい方に、王太子殿下の婚約者となっていただきます」


 最も相応しい者をふるいにかけるための教育だという。


「五人からとは……ずいぶん試されたもんですな」


 公爵はつぶやいた。


「いえ、こちらに選ばれただけでも光栄だと思っていただきたいのです。国王の命により、国内から優秀な者を選別させていただきました。もちろん一定の条件はございます。家格と家門、そして年齢。こちらを配慮した中で特別優秀であると判断した五名を選別させていただきました」


 実際、この話を聞いている間も、少女たちは全員姿勢を崩さずきちんと傾聴している。


「ご令嬢方はすでに一般教養と貴族教育を学ばれているとのことですので、これから二年間で妃教育に移らせていただきたいのです」


 みなそれぞれに顔を見合わせる。


(厳しく育てられたのは、私だけではないのね……)


 そして同じように驚いたのはリュシエンヌだけではないようだった。

 選ばれたのは誇らしいことであったが、他の令嬢を見るに自分は場違いではないだろうかと不安に思うのだった。


五つの当主はそれぞれ承諾し、五人の令嬢は王宮にて王太子妃教育を受けることになった。




 リュシエンヌは王太子妃教育のために家を離れることになるため、その準備のために一度屋敷に戻ることになった。


 父と一緒に馬車に揺られる。父は窓の外を眺めていた。


「お父様……。お父様は元々ご存じだったのですか?」


リュシエンヌは、父の視線が気になり、静かに問う。


「王太子様の婚約者選びが始まったとは聞いていた」


 王宮に出入りする父は噂を耳にしていた。父は唇を嚙んでいる。


「私を婚約者候補に考えていらっしゃったのですか?」


「勝手な話ではあるが、娘の嫁ぎ先の最高峰は王家であると考えている。同い年だ。機会はあるのではと思っていたのでな」


 窓の外からリュシエンヌに視線を移した父は小さく笑みを浮かべた。しかしすぐに窓の外に視線を戻す。


「だが、あからさまに競わせるとは思わなかった。それほどまでに、魅力ある地位だということだろう」


「私は、王太子妃になった方が良いということですか?」


「なった方が良いのではない。なるんだ、リュシエンヌ」


「え?」


「王太子妃を輩出した家門。我が家にとってそれほど伯が付くことはない」


 しがない文官であるギルメット伯爵が名をはせるとすれば、リュシエンヌの結婚だという。


「わかりました」


リュシエンヌは、視線を父から窓の外へと移した。


父の期待に応えたいと思う一方で、胸の奥が少しだけ重かった。





後日、王太子妃教育のために五人が王宮に集まった。


 デビュタントも終えていない少女たちは、社交の機会もまだ得ていなかった。

 互いを知るために、初めての社交をすることになった。

 今までは、それぞれ屋敷での令嬢教育に明け暮れていたという。


「まだまだ学ばなくてはいけないなんて……」


 そう答えたのは公爵令嬢のヴィオレットだった。


「あなたも? では、私が受けていた教育も普通のことなのかしらね……」


 同じく公爵令嬢のシルヴェーヌがつぶやく。


「お二人はお立場上厳しい教育をお受けになっていたことは想像できますわ」


 侯爵令嬢のエロイーズははっきりと物言いのできるさっぱりとした性格をしていた。


「あ、あの、皆さまは王太子殿下にお会いしたことはございますか?」


 恐る恐るマリレーヌは問いかける。


「ありませんわ」


「ええ、私も」


 どうやら、まだ誰も王太子殿下には会ったことがないという。


「あ、そうだわ。私たちの間では家格は気にせず遠慮なくお話ししましょう。今は候補者という同等の立場ですから」


 シルヴェーヌは気遣うようにマリレーヌににっこりと微笑んだ。


(みんな、立派な方だわ。きちんと発言なさっている。私もしっかりしなくては)


 リュシエンヌはふうと一息つくと、視線を上げた。


「ご配慮いただきありがとうございます。それでは、皆さまは王太子殿下の婚約者というお立場についてはどのようにお考えですか?」


 リュシエンヌの質問にヴィオレットは反応する。


「私は公爵令嬢であると共に同い年ということもありまして、父からは常々候補者である覚悟をと言付けられておりましたわ」


「ええ、私も同じく」


 シルヴェーヌも頷く。


「ここまではっきりとおっしゃっていただけるなら、私もお答えします。侯爵令嬢という立場上、お二人には条件的に不利ですから。そのような背景を父は知っていたのでしょう。口酸っぱく優秀であれと言われておりました。王太子殿下の婚約者という地位は魅力的ですので……」


 エロイーズはにっこりと微笑む。


「皆さん意識が高くいらっしゃるのですね……」


 マリレーヌは感心していた。


「皆さまは王太子殿下の婚約者になりたいと思っていらっしゃるのですか?」


 リュシエンヌの質問にシルヴェーヌはこくりと頷いた。


「私も、家門のためですわ」


「ええ、そうせざるを得ません」


 ヴィオレットもエロイーズも頷いている。

 マリレーヌも静かにこくりと頷いていた。


(みんな、なりたいと思ってなろうと思っているわけではないのね……。王太子殿下って、どういう方なのでしょう……)


 ここにいる全員、立場上仕方がないと言っている。

 家門の為には努めなければならない。それはリュシエンヌも同じ思いだった。


(父に恥をかかせないようにしなければ……)


 こうして、五人の令嬢たちはそれぞれに全力で教育に取り組んでいった。



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